エリート専務の献身愛


 昔は、なにか嫌なことやツイていないことがあっても、ひと晩寝たらリセットできていた気がする。

 リセットというよりは、自分にそう思い込ませることができていたという感じだったかもしれない。
 それが二十五歳にもなると、簡単に自分を騙すことができなくなって。

「城戸さん、今日も一日頑張って」

 一度出社し、これから外回りというときに、廊下ですれ違った戸川部長に激励された。

「はい。頑張ります」

 微笑みながらそう答えたけれど、実のところ、笑顔を作るだけで必死だ。

 ビルを出て外の空気を胸いっぱいに取り込むと、少しだけ息苦しさが軽くなる。
 とはいえ、油断していたら暗い顔で俯きがちになるのが私のクセ。

 今日も気がついた時には顔を上向きに。

 ひとつめの信号を渡り終え、カフェテラスの手前で、カバンのポケットを確認した。

 うん、携帯はちゃんとある。飴玉も今朝出掛けにまた入れてきた。

 ああ、今日は真っ青な空だ――。

 いつもよりも少し長く空を仰ぎ見ていたかもしれない。
 上を向き続けていたせいで、顔を戻してから一瞬頭がボーッとする。

 寝不足? 夏バテ?
 だとしても、立ち止まっていられない。

 私はひとつ息をつき、右足を踏み出す。

 えぇと、一件目はミササギ薬局で……そのあとは……。

 一度思考がぼんやりしたせいで、信号手前で確認していたはずのスケジュールに自信がなくなる。
 手帳を出すのが面倒で、簡易的に予定をメモしてある携帯のスケジュールアプリを見ようとカバンに手を入れた。


「あっ」


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