エリート専務の献身愛

 紺野さんに会った後、一度社に出社してから笹川先生に会いに向かう。

 病床数二百のこの病院は、内科をはじめ、循環器科や呼吸器科、外科など約十の科がある。
 私は二階の循環器・呼吸器科の病棟を訪れ、笹川先生に挨拶をした。

「おはようございます。ホープロエクスの城戸です」
「ああ、そういえばそんな約束していたな」

 背筋をピシッと伸ばし、深々頭を下げるも、素っ気ない声が返ってくる。

 六十手前の笹川先生は、大抵今と同じような反応で、実は苦手。特別嫌味を言われたりするわけではないのだけれど、どうも取っつきにくい。

「あっ……朝の貴重なお時間をすみません」

 内心ビクビクしながら、笑顔をどうにか作って返す。沈黙が続くのが怖くて、すぐに用件を口にした。

「来週の説明会ですが」
「そう何度も確認しなくても覚えてるよ」

 すると、小さなため息交じりに言われてしまって委縮する。
 言葉に詰まる私に、笹川先生は思い出したように顔を上げた。

「時間は昼だったな。君が弁当を用意するんだろ? 最近鰻が食べたくて。ちょっと早い夏バテかな。忙しくて食べに行けないし、頼んでみてくれないかなぁ」
「えっ……」
「千秀屋(せんしゅうや)という店は有名だから知ってるよね? どうかな?」

 ゆ、有名? 私は聞いたことないお店だ。だけど、『知らない』って言える雰囲気じゃない。目の前で調べることなんかできないし……かといって、安請け合いも……。

 動揺して、どうするのが正解か瞬時に浮かばない。
< 71 / 200 >

この作品をシェア

pagetop