迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
〝鈴木祐真〟いつまでたっても、上杉といつも一緒のあの人。
食欲の秋。
読書の秋。
スポーツの秋。
研修業界も〝学びと成長〟という看板を掲げて、様々な講座に湧いている。
毎年、この時期に開催するリーダー研修は、配属から半年たった社員をその対象として進めていた。入社して今年で5年を迎える僕だが、初めて壇上に上がる事を許されたのは2年前である。ついこないだの事のようだ。
「年齢的にも、おまえは参加者とそう変わらない。と言う事は、歴然と違いを示さないと舐められる。何だその格好。気の抜けた顔。意気込みに欠けるとしか見えない。おまえが始めた途端に参加者の雑談が沸騰だ。鬱陶しい」
上杉部長から、けちょんけちょんにダメ出しされたことは記憶に新しい。
そこから2年置いてからの、本日が2回目のリーダー研修本番である。
今日は上下、キメてきた……つもり。
上から下まで、上杉部長から舐めるように確認されていると、その昔「大人という自覚があるなら額を出せ」とアドバイスされた事を思い出す。鬱陶しい前髪は学生気分が抜けないアホにしか見えないと、ブスリとやられて。
株式会社 パーソナル・ユース。
ここは企業の研修業務を一手に引き受けている会社である。仕事の殆どは、顧客の需要と、巷にあふれる供給とのマッチングだ。
もともと僕は横浜支店で営業職に就いており、その頃はこうやって壇上に立つ日が来るなんて思ってもみなかった。営業職の仕事は、もっぱら顧客との案件のスリ合わせである。それだけである。そこに〝上杉東彦〟を招いての講義研修企画に携わった事が運命の出会いとなった。
上杉東彦は表向き、営業職。そして中途採用。正直、僕は少々甘く見ていた。だが自身の講義を中心に、そこから顧客を芋づる式に釣り上げてくる。程々に忙しかった僕の日常は、上杉東彦と出会った日を境に地獄的に忙しくなった。
程なくして、上杉東彦は本社に栄転。部長職に昇進。顧客も僕も、芋づる式に本社に連れ去られた。部長が関わる研修中は必ず実習を手伝う。命令されるがまま、僕は前準備から後片付け、果ては部長の代わりに壇上で一席ブチ上げる事までやらされた。今はスキルアップと思って黙って従っているけれど、そんな人前に出るような能力が、僕に備わっているとは到底思えない。逆らえないというただそれだけの理由で、今もどこか迷いながら従っているのである。
今日のリーダー研修は、最初からお堅い訓示がガンガン続いた。事前に配った資料には図柄は1つも無い。眠くなるのも頷ける。
「いきなり大変ですね。大丈夫ですか」
小柄な女性参加者に、まずは他人事のように投げかけてみた。
「僕も、今は部内の案件をまとめて上司に報告する立場にあるんですけどね」
同類意識を刺激して、さりげなく参加者の立場に寄り添ってみる。女性参加者は「えへへ」と無邪気に笑ってくれて、それで少々、場が和んだ。
小賢しい事を……と部長にはバレているかもしれない。白状しよう。僕はたまに部長のやり方をパクる。幾つものパターンを模倣するうちにペースが掴めて、たまに行き詰る瞬間、こんな部長のテクニックが僕を助けてくれるのだ。
3時を過ぎて、本日の研修は終了。
今日は後始末を新人に任せて、僕と部長は第5営業部まで戻ってきた。
すれ違った後輩に資料の破棄を頼んでいた所、不意に肩を叩かれる。
「鈴木く~ん、来月の研修さ、うちの新人用に1つ席用意してもらってい?」
我が社の前クリエーター、そして現在は教育課の1リーダーに収まった林檎さんという女性社員である。彼女は3つ上の先輩社員で、いつも程々に愛嬌を振りまいてくれる。彼女は、僕の上司、上杉部長の恋人であり、その昔、新人教育で僕はお世話になった訳だが……一時期、もしかしたら上杉部長の下で3人一緒に仕事をするのかと思っていた。「笑わせるな。適性を考えろ」と部長から説教されて、林檎さんは考え直したとか何とか……元々、教育課に配属されていたという経緯から、回り回って、また教育課に舞い戻る事になる。
彼女が一緒だと部長自身が仕事にならない、だから部長は突き放した。僕はそう疑っている。だが部長の進言もあながち間違っていない。後輩ヤリマンと揶揄されるほど部下と関わってきた林檎さんには、まさにその適性があるのだ。
先に会議室に消えた部長を追いかけるように、林檎さんは部屋に飛び込んだ。
僕も便宜上、一緒に会議室に入る事になるのだが。
「あの宇佐美くん。教育課に異動したいとか言って」
「絵に描いたような依存心だな」
突き放せ、と部長は言い放った。「ですよね」と林檎さんも頷く。
そこから最近の女子会事情に話題は移り、株価、イケメンの壁ドン何処行った?、ホリエモンの功罪、お笑い芸人の副業実態……2人の話題は、次から次へと飛ぶ飛ぶ。しばらくは傍観者になって話題を聞き流していた僕だけど、つい「あの」と割り込んだら、2人揃って「「呪いか」」と来た。
「というか、僕って純粋にお邪魔でしょうか」
部長は少々イタズラっぽく林檎さんを睨むと、「はいはい。どうぞどうぞ」と林檎さんはヒラヒラ踊りながら、椅子に着いた。
「そういえばさ、テレビに良く出てたあの一発屋。もう消えちゃったの?」
そこから時代の流れに話題が発展か?それを聞いている場合じゃないと、部長は来週の案件ファイルを開いて林檎さんを敬遠。僕もさっそく今日のアンケートをめくった。一通り目を通して、息を付いて。
「俺の言いたい事が分かるか」
さっそく部長にスリ寄って来られる。
「僕について意見した人はたった3人でした」
「3人も居たか」
部長にダメ出しされるより堪えた。微妙な空気の中、「安定感は抜群なのにね」と林檎さんがフォローしてくれたはいいが、さらに微妙な空気になりましたよ。
〝無難に収めようとせず、いかに強い印象を残すか〟
これは僕自身、人生における課題でもある。〝鈴木祐真〟という名前入りのIDカードは片時も離さず、首からぶら下げていた。なのに、いつまでたっても「上杉といつも一緒のあの人」としか言われない。自分で自分の適性を疑い始める今日この頃である。
< 2 / 22 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop