迷彩男子の鈴木くんが、お嬢様の高町巫果さんに魔法を掛けるお話
〝もし魔法が……〟
戦い終わって日が暮れて……大勢の〝鈴木〟を混乱させて、高町グループの社内運動会は、鈴木が一人も居なかった白チームの勝利で幕を閉じた。
「やってらんね」
それを言うのは村上だけではなかった。高町さんの参加を優先させた赤チームは、どの競技も勝てずに終わる。結果、ことごとく景品を貰えなかった。
それも全て〝鈴木〟のせいという事になっている。いまだかつて、鈴木という迷彩人類がこれほど注目を浴びた事があっただろうか。ブーイングを浴びた事があっただろうか。一生分の注目を貰って、もうお腹いっぱい。
その週明け。
「言いたい事は山ほどあるけどさ」と意味深にブチ上げて、高町社長は今日もふらりとやってくる。いつもの部長席でお菓子をツマみ、会議室に移動、そこで僕をイジっていた上杉部長と林檎さんに加勢した。
「上杉。妹を泣かせたら、俺は真っ先に鈴木くんを殺るぞ」
「いいだろう。高町グループが邪魔になったら、俺も真っ先に鈴木を殺る」
「怖いよぅ、怖いよぅ」と、林檎さんが合いの手を入れた。3人掛かりでイジられている。このまま迷彩に揉まれて気配を消したい。心から思う。
舞台は、いつかのティールーム。
またしても、日曜日の11時。
僕の中の時系列が怪しくなってくる。
高町さんとはここで出会って、たくさん話をして、デートして、ケンカもして……思えば僕達は、普通のプロセスを辿った。それがここに来てまさか、お見合いからやり直す事になるとは思ってもみなかった。
10月もそろそろ終わる。秋晴れの今日この頃。本日はお日柄もよく。
〝ハロウィン〟
魔法に始まり、魔法に終わる。これほど打ってつけのお日柄も無い。
僕はいつかと同じスーツ姿。彼女もいつかのような着物姿。
カフェを流れる音楽も、紅茶とコーヒーの香りが混ざり合うようなひと時も、いつかとそっくり同じだった。2つの巨大パンプキン・プディング以外は。
「僕達がお付き合いするというのは、一般的に、普通とは言えません」
「はい」
「普通じゃない事が起こると思います。覚悟はありますか」
「はい」
「僕は、一生魔法は使えません。多分、高町さんも使えないと思います」
「それは分からないじゃないですか。ご一緒に学んで参りましょう」
こうやって念じるのです……と、彼女は両手を組んで祈りのポーズをきめた。
「鈴木さんもどうぞ、御一緒に」
って、ここで?マジか?
ガチで迷惑の極みである。
周囲が、彼女を物珍しそうに見ていた。最強のムチャ振り。爆発的に恥ずいぞ。周囲の困惑をそのままに、彼女は勝手に始めた。
「〝もし魔法が使えたら、私は鈴木さんと結婚できます〟」
思いがけず、お嬢様から逆プロポーズを喰らってしまった。これにイエスと答えるのは至難の業だ。この世に魔法が存在すると認める事になってしまう。
悩んだ末、僕も祈りのポーズをとった。
「〝もし魔法が使えるようになったら、僕からプロポーズします〟」
考えた末に、お嬢様を待たせる事にした。よく考えたら、自分で自分にムチャ振りである。魔法を待っていたら、正直プロポーズはいつになる事やら。
それに気付いているのか居ないのか、高町さんはにっこりと笑った。
「はい。鈴木さんに教わった通り、私は待ちます」
〝1日中、楽しい事を……鈴木さんの事を考えて〟
「私は、出会ってからずっと鈴木さんの事ばかり考えていました。その頃から、私はずっと待っていたんでしょうね。最初はすごく楽しくて、でも途中からどんどん自信が無くなって……これをまた繰り返す。私には、これがマリッジブルーだという気がします」
ここに来て、僕はまた彼女に酷い事をしている。
それを思い知らされるとは思ってもみなかった。
部長が言った通りだ。僕は自分好き。適齢期と言う自覚が無い。
待たせてごめん。
「高町巫果さん、結婚しましょう」
すぐにでも。
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