恋文参考書




ここ最近はずっと自分の感情を持て余して、それでも章のために手紙を書く練習に付き合って。

そんな日々を送っていたから、すっかり部誌のことは忘れてしまっていたんだ。



ちゃんと守ってもらわないと困る、とまで言われてしまい、もう顔が上げられない。

そうだよね、締め切りを守らないと顧問の先生に原稿をチェックしてもらえないもんね。

そうなると印刷、製本、と作業はたまる一方だ。



ただでさえあたしは章がラブレターを書く協力のために、部活を長いこと休んでいる身だし期限くらいは守らなきゃいけない。

ちゃんと原稿は提出する約束だったのに、やっちゃったなぁ……。



どうしたらいいだろうと考えていると、あたしの腕を掴む詩乃の手に力がこめられる。

その動作にうながされるように、視線をそっと上げる。

にっこりと笑う彼女と目があった。



「部室にこもろうか」

「はい」



反論は許されない。

命あっての物種だ、大人しくしていよう。



無駄に声が大きいあたしは教室内で少し注目されていて、周りに事情が突き抜け。

詩乃に怒られる様子は珍しくもなんともなく、何人もの人に「またなにかしでかしたのか」という反応を向けられる。

ええいうるさい、放っておいてよね。



ずるずると引きずられているあたしが、ふいに吸い寄せられるようにして顔を向けた先には呆れ半分困惑半分の表情をしている章。

目立たないようにわずかに手を振ってみせる。



放課後、手紙を書く練習をできないことが残念で、だけどそれと同時にほんのわずかにほっとする自分がいたことも事実だった。






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