恋文参考書




廊下の片隅でとはいえ、章に対してひどい言葉ばかりを投げかける上野先生。

これはもう明らかにけんかをふっかけているとしか思えない。



12月後半に入ってぐっと気温が下がったけど、この空気の冷ややかさはそれだけじゃない。

頰を突き刺すような、心臓をやすりで擦られるような胸の痛みがヒリヒリズキズキ、心音と共鳴する。



「菅沢は頭がよくても人を見る目はあてにならないな」



言外にばかにしているその発言。

それは章に向けてなのか、……それとも薫先輩に向けてなのか。

きっと、両方だ。



いくらなんでも失礼にもほどがある言いように、なにか言ってやらないと気が済まない。

そう思った瞬間。



ガンッ、と息を呑むほど大きな音。

近くで響いたそれは、空き教室の扉が衝撃に揺れた音。

……章が、扉に拳をぶつけた音だった。



「俺のことはいくらでも言えばいい。
問題児だって自分でもわかっているし、教師に好かれていないことだって当然だ」



落とされる声の内容が悔しい。

それだけが章じゃないと声を大にして言いたい。

だけどあたしに彼の言葉をさえぎることはできなかった。



「でも、薫は違う。
真面目で一生懸命で、俺みたいな扱いを受けるようなやつじゃねぇ」



章の大きな手が上野先生へと伸びる。

胸倉を掴んだ手の甲は怒りが震えている。



「薫のことは悪く言うんじゃねぇよ」



優しくてまっすぐで、薫先輩への想いがこめられていて。

章の大きくないはずの声が心を揺さぶって、泣きたくて泣きたくなかった。

どうしようもなく、切なかった。






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