泥棒じゃありません!
「芦澤、これ返す」
終業間近、私は蓮見マネージャーから呼び止められ、会議前に私が急いでまとめた概要資料を返された。他の資料は会議のあとに戻されていたが、これだけは貸しておいてほしいと言われていたものだ。
資料に目を落として、驚く。
そこにはさっき会議で蓮見マネージャーが指摘した事項の補足説明が書かれていて、早急に見直さなくてはいけない部分には丁寧に蛍光ペンで線が引かれていた。
……そうだった。
ただ、言いっぱなしで丸投げしないところも、蓮見裕貴という人だった。だから苦手な人ではあるけど、一方では尊敬もしていたのだ。
蓮見マネージャーはもしかして、この作業を今日の全会議分やったのだろうか。それともうちのプロジェクトだけ……?
最後のページまでめくると、その右上に付箋が貼られていた。
『今日は帰宅が深夜になりそうだから、例の件は明日からにする。詳細は追って連絡する』
プロジェクトが白紙になったことがショック過ぎて、その一文を見るまであの取引のことをすっかり忘れてしまっていた。プロジェクトと同じぐらい、私の中では重要なことだというのに。
もう一度付箋を見返す。相変わらず几帳面そうな、整った字が並んでいる。
それをじっと見ていたら大きなため息が出た。
「芦澤、ちょっと」
名前を呼ばれて顔を上げると、舟越部長がこちらを見て手招きをしている。
私は促されるまま、部長と共に打ち合わせ室に入った。
「白紙になったことはあまり気に病まなくていい。俺はあの商品は今のままでも十分通用すると思ってる。蓮見も降格人事であとがないから、多分結果を出そうと焦っているんだろ」
舟越部長は笑顔で私の肩を叩き、先に打ち合わせ室から出ていった。
おそらく舟越部長は私の酷い落ち込みようを見て、励ますためにそう言ってくれたのだろうと思う。
わかっている。わかってはいるけど。私は励まされるどころか、なぜか蓮見さんが悪く言われたことに対して、モヤモヤとした感情が残ってしまった。


