アフタヌーンの秘薬
応接室から人の出てくる気配がして私はエレベーター横の階段に思わず隠れてしまった。そうして気配を消して聴覚だけをフロアに集中させていた。すると応接室の中からは奥様と愛華さんが出てきた。
「本当にありがとうございます」
「こちらこそ、社内が華やぐわ。これからも定期的にお願いしたいくらいです」
「喜んで」
私は奥様に見つからないようにほんの少しだけ顔をフロアに出して様子をうかがった。本来なら隠れる必要はないのに奥様に嫌みを言われたくないし、愛華さんがそばにいるときに比べられてしまうのも嫌だった。
ちょうどそのとき会議が終わったのか会議室から営業部の社員が続々と出てきた。社員は奥様と愛華さんに頭を下げ、愛華さんも社員に笑顔で頭を下げた。最後に会議室から聡次郎さんが出てくると愛華さんの表情が変わった。
「こんにちは聡次郎さん」
「ああ、どうも」
男女問わず見惚れてしまう笑顔を見せる愛華さんにも、聡次郎さんは顔色一つ変えず素っ気ない挨拶をした。
「そうだわ聡次郎、このあと愛華さんと食事にいってらっしゃい」
奥様の提案に私は息を呑んだ。愛華さんと食事なんて、そんなの困る。だって聡次郎さんはこのあと私とお昼休憩の予定なのだから。
「約束があるから他で食べるよ」
聡次郎さんはそう言って立ち去ろうとするのに、奥様は「愛華さん以上に大事な約束があるのかしら?」と言って聡次郎さんを挑発した。
「…………」
「奥様いいんです。聡次郎さんはお忙しいですから」