アフタヌーンの秘薬
「まだ2階のフロアとお店の中が残っています。それに、生花ですから時々はお手入れに来なければいけません」
声音から愛華さんの本気を感じた。聡次郎さんの遠回しな断りにも負けていない。親同士が決めた縁談だとしても、愛華さんは聡次郎さんに惚れている。
「見て聡次郎、愛華さんの活けた作品は素晴らしいでしょう」
奥様が指した先の活け花を見た聡次郎さんは、「そうですね。とても綺麗だと思います」と言った。その言葉に愛華さんは「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑んだ。
私のモップを持つ手が震えてきた。聡次郎さんはお世辞で愛華さんの作品を綺麗だと言ったのではない。これは本心から褒めたのだ。私は聡次郎さんにお茶を褒められたことがないのに。
茶と花では全然違う。けれど負けた気になってしまった。
「では、俺は昼に間に合うように仕事を終わらせたいのでこれで失礼します」
聡次郎さんは引き留める奥様を無視してそのまま社長室に入っていった。
残された奥様と愛華さんは呆気にとられ無言だったけれど、愛華さんが先に口を開いた。
「奥様……もしかして聡次郎さんはお付き合いしているお方がいるのでしょうか?」
「いいえ! そんな人はおりません!」
奥様は慌てて私の存在を否定した。
「けれどいつもお食事を共にする方がいるとおっしゃっていました」
「聡次郎が大変失礼を致しました。申し訳ございません。あの子は今冷静に判断できないだけですのよ。どうか見捨てないでください。お父様にもそのようにお伝えくださいませ」