アフタヌーンの秘薬
「私もお母様を怒らせるんですか?」
「そうだ。母さんは梨香に色々嫌なことを言ってくるかもしれない。でも梨香にはそれに耐えて、気が強くて感じ悪い恋人でいてくれたら助かる」
「気が強いって……」
聡次郎さんの話を聞く限りお母様は厳しい人のようだ。気を強く持てるかどうかは自信がない。
「そうして永久に俺に愛想尽かしてくれるといいんだけどな」
今度は自虐的に笑う聡次郎さんに首をかしげた。この人は縁談を無視して偽の婚約者を立てようと思うほどお母さんに反抗したいのだろうか。
「めちゃくちゃな人……」
思わず声に出してしまい口を手で押さえた。
「あ、すみません……」
「いいよ本当のことだから」
聡次郎さんは面白そうに微笑むと湯飲みに残ったお茶を飲み干した。
「今日は先に兄貴に会ってもらう」
「え? 今からですか?」
早速家族の前で演技をしなければいけないなんて突然すぎて心の準備が出来ていない。
「大丈夫。兄貴は忙しいからそんなに時間はかからないし、簡単な挨拶でいいから。明人から兄貴に先に婚約者を紹介したいって伝えてもらってるから」
そのとき聡次郎さんのスマートフォンが鳴った。
「明人からだ。兄貴が会社に戻ってきたのかも」
電話に応答すると月島さんと通話する横で私の体は緊張で小刻みに震えた。
「は? まじかよ……母さんにはまだ内緒だって言っただろ……ああ……わかったよ、今から行く」
通話を終えた聡次郎さんは溜め息をついた。
「母さんとも会ってもらうことになった」
「え!?」
お兄さんだけだと思っていたのにいきなりお母様にも会うなんて無謀だと思えた。