アフタヌーンの秘薬
「今日母さんは出かけてるはずだったのに、兄貴が母さんに言っちゃったらしいんだ。そうしたら今帰ってきたって」
「そうですか……」
「今から本番だ」
聡次郎さんが立ち上がったから私は湯飲みのお茶を飲み干し、聡次郎さんの分の湯飲みも流しに置いた。
男性の1人暮らしといっていいこの部屋はどこも綺麗に片付いている。キッチンも使われたことがないのではと思うほどに。
聡次郎さんに続いて部屋を出てエレベーターに乗った。
「じゃあよろしくね、俺の婚約者さん」
この状況を楽しんでいるのではとも取れる言い方に、目の前の男が恨めしくもあり、ほんの少し頼もしくもあった。
エレベーターが15階で止まり、降りると廊下には3つのドアがあった。
その内の1つのドアが開き、中から月島さんが出てきた。
「三宅さんすみません、わざわざ来ていただいて」
「いいえ」
きちんと髪を整え、スーツを着こなす月島さんは今日も変わらずかっこいい。
「もう2人は中で待ってる」
「なんで母さんまでいるんだ?」
「慶一郎さんが奥様も一緒にって言うから仕方がないよ。どうせ会わせるんだから遅いか早いかの違いだけだよ」
不機嫌な聡次郎さんと違って月島さんは始終穏やかだ。
「三宅さん、この契約のことを知っているのは聡次郎と僕だけです。くれぐれも本当のことを知られないようにお願いします」
「頑張ります……」
「梨香はあまり喋らなくていい。俺がメインで話すから」
聡次郎さんはご家族が待っているという部屋のドアノブに手をかけた。私は手で髪を整え、深呼吸して聡次郎さんに続いた。