猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「お疲れ様。よく頑張ってくれましたね」

ラルドは寝台で横になっているグレースにねぎらいの言葉をかける。その傍らには、産着を着せられ眠る小さな赤子。
まだどちらに似ているかもよくわからないようなしわくちゃの状態なのに、この子はきっと美人になる、などと考えてしまった自分に苦笑する。

「ええ、頑張ったわよ。わたしも、この子も」

誇らしげに笑う妻を、ラルドは誇らしく思った。神々しささえ覚えて目を細めると、グレースは眉間にシワを寄せる。

「女の子でがっかりした、なんて言うつもりじゃないでしょうね」

微塵も考えていなかったことで責められたラルドは、片方だけ口角を上げて不遜に笑う。

「まさか!困っていただけです。ええ、本当にとても困りました」

「いったいなにがいけないって言うの?陛下に王子が産まれるより先に、女の子が産まれてしまったから?悪いけれど、この子に不本意な結婚をさせるつもりはないわよ」

先王ギルバートの訃報に沈んでいた国内を、ベリンダ王妃懐妊の報せが駆け抜けたのはつい先日の話。もし王子が誕生すれば、王太子候補の筆頭となるのは確実だ。

息巻く妻にラルドは笑みを深め、娘の小さな額に口づけを落とす。

「ですから。王太子どころか、どこへも嫁になど出したくなくて困っているんです」

気の早いラルドは情けなく眉尻を下げ、一粒の雫が零れたグレースの目尻を指で拭う。

「それともうひとつ、重大な問題が」

いつになく真顔になった夫に、グレースが固唾を呑んで続く言葉を待っている。

「グレースとこの子、どちらが『一番』か決められないのです」

どちらも大切で愛おしい。順番など到底決められないと悩むラルドに、堪えきれずグレースはぷっと吹き出した。

「いいことを教えてあげるわ。わたしも、ついさっき知ったばかりなのだけれど」

笑いを堪えながらグレースはラルドを手招きする。近づけた耳に手を添え潜められた声が、難問をいとも簡単に解決してくれた。

「『一番』はひとつでなくてもいいの。わたしにとって一番愛している夫はラルドで、一番愛している娘はこの子なんだわ」

妻となり、母となってもグレースは、変わらずラルドに驚きを提供してくれる。『一番』や『特別』などでは言い表せない、唯一無二の存在だ。

「貴女が妻でよかった。家族になってくれて、ありがとう」

心からの感謝を短い言葉に詰め込んで示す。
途端、大きく見開かれたグレースの眼から次々と涙が溢れ出し、それを拭おうと伸ばしたラルドの手がしっかりと握られた。

「父親として、この子に最初にしてあげたいことはもうみつかった?」

期待に満ちた涙に光る瞳を向けられ、ラルドはしばし考える。

「そうですね。まずは抱き上げて……」

もごもごと口を動かしながら寝ている娘の柔らかな頬に恐る恐る触れ、おもむろに微笑んだ。

「それから、とっておきのおとぎ話を聴かせてあげましょうか」


薔薇の棘と香りに囚われていた美しい王子と、そこから彼を救い出した香薬師見習いの娘の物語を、いつか誰かと恋に堕ちるであろう君に――。



   ―― 完 ――
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