猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
しかし突然グレースの頭に伸びてきた手は大きくて、思わず首を竦めた。

「ああ、失礼しました。ずれていたので直そうと思ったのですが、花婿より先に花嫁の顔を見ては、彼に怒られてしまうでしょうか」

「え?ああ……」

イワンの出現に慌てたために、被っていた薄布からグレースの顔が半分露わになっていたのだ。自分で直そうとするグレースを制し、イワンが彼女を怯えさせないよう恐る恐る手を伸ばしてくる。その片方の手には一輪の赤い花が握られていた。
ほんの少し薄布をめくり上げ、飾りの隙間を見つけ出してグレースの髪に花を挿してから、布を整える。

「ヒナゲシ?こんな季節に?」

繊細な花びらに直接触れないよう、慎重に薄布の中へ差し入れた手で確認した。

「ここへ来る途中で偶然みつけて、珍しかったので摘んでしまいました。よくお似合いです」

これ以上ないというくらいの盛装をしている花嫁に、道端で狂い咲いていた鮮やかな色合いの素朴な花が似合うなどと真顔でいう。まるで己の境遇のようだ。堪らずグレースはくすりと笑みを零した。
きっと彼にはそんなつもりはないのだろう。しかめっ面をしていた叔母から笑い顔を引き出せたことに、自分も満足げな笑みを深めている。
ならばこれは、甥からの純粋な厚意だと受け取っておこう。

「ありがとう、イワン」

互いが幼かった頃のように呼べば、人懐こい仔犬のように顔を崩す。

「お幸せに、グレース叔母さま。なにか困ったことができたら、いつでも頼ってください。といっても、ラルドに任せておけば大丈夫でしょうが」

小さく頷き返し、花が落ちないよう頭を下げてから踵を返した。


グレースが母と乗り込んだ馬車は、城門を出て城下の街中を通り神殿へと向かう。見慣れない立派な馬車を道行く人々は足を止めて何事かと見送るが、通り過ぎてしまえばまた変わらぬ日常に戻っていく。
そんな様子を車窓から窺っていたグレースは苦笑した。もしこれがフィリス王女の婚礼行列だったら、もっと国民は熱狂的な視線で見物したのだろう、と。

そして予定通りなんの混乱もなく、新婦を乗せた馬車は、新郎が待つ白い石壁が柔らかな日差しを受ける神殿に到着したのだった。

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