猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
ただ繰り返される、子を成すためだけに行われる愛情の伴わない行為。

「そんなに子どもが必要?」

跡継ぎが要るのはわかるが、彼の行動はあまりにも性急に思える。

「ええ。陛下にお世継ぎがお生まれになる前に、当家にも男子を。それから王家に輿入れさせるための女子が必要となります」

まるで建築計画のように説くラルドに嫌悪感が募っていく。

「……思い通りにいくものではないわ」

「もちろんわかっていますよ。ですからこうして、日々努力しているのではありませんか。貴女も協力してください」

グレースは重ねられようとする身体を、渾身の力を込めて押し返した。ラルドの眉が歪んで、不機嫌を顕わにする。

「……回りくどいことをするより、いっそ、貴方が王になればいいではないの」

現在の王宮の勢力図を鑑みれば、決して無謀とはいえない。ブランドル家は三年前にアイリーン王妃を亡くして以降、さらにその勢いを失していた。イワンの即位も、ヘルゼント家の口添えがなければどうなっていたかと噂されるほどである。それくらい今の伯爵家は強大な力を蓄えているのだ。

不穏極まりないことを口にしたグレースをラルドは目を見開いて凝視した後、くつくつと笑い始めた。それは次第に大きくなり、終いには堪えきれず彼女の上から退いて、身体をふたつに折り笑い崩れる。

「なにがそんなにおかしいというの?」

最高の権力は少し手を伸ばせば手に入るところにあるのだ。欲しがるのが普通だろう。そのために、己の子を使ってでも成そうとしている画策ではないのか。

「失礼。でも仮にも王女である貴女が、あまりに簡単に謀叛を唆すようなことを言われるので、つい」

まだ荒い息を整えながら、前髪をかき上げため息をつく。

「ご期待に添えず申し訳ありませんが、少なくとも僕の代でのそれは望んではいません」

「なぜ?」

身を起こして訝しげに尋ねると、ラルドはふと遠くを見るように視線を中空に移した。

「『一番』はいらないからです。そんなものをもっていても、ただ面倒なだけですから」

また、ずきりとグレースの胸中にできた傷が深くなるのを覚え、そっと胸に手を当てる。そんなことをしても癒えるはずもないことはわかっていが、それでもせずにはいられなかった。
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