黄金の唄姫と守護騎士はセカイに愛を謳う

ヘルはその戸に背を向けると、ぽつりとつぶやいた。

「『私は貴方を助けたい』」

もちろん何も起こらない。そのことに、ヘルは多分、こっそりのつもりで、笑った。

それに気付かないふりをして、私もこっそり笑った。

「・・・あいつ、会えてるといいな」

「うん!」

「話せてると、いいな」

「―――きっと!」

会えてるよ・・・話せてるよ。だってほら、もう何も、このセカイには力は無いのだから。

全てが、リセットされたのだから。

私を見つめて、ヘルの顔が綻んだ。

「―――はは!」

軽やかに笑い声を立てて、踵を鳴らす。紫が、ふわりと揺れた。

「ああ・・・」

本当に、良かった。



―――ヘルは全ての力を『奪った』。

・・・でも。

ヘルはひとつだけ、たったひとつだけ、とても小さなものを残した。

“愛”。それは実体を持たず、私たちに何の影響も及ぼさないようなものに思われるけれど。

この小さな力は、時に奇跡を、起こす。


私は隣にぶら下がる­ヘルの手を、ぎゅうっと掴んだ。

私がこうしてここにいられるのは、この少年が、いたから。

この少年と私の間に、ただ確かなものが―――愛が、あったから。

「ありがとう・・・」

ヘルは何も言わずに、ただ私の手を更に強く、握りしめる。

顔が近づいて、彼の唇が、優しく私の唇にそっと触れた。何度も、確認するように、互いの暖かさを預け合うように。

幾度も彼の瞳と私の瞳が絡む。

最初はあれだけ私への拒絶を示していた深い紫の輝きが、そっと柔らかく細まって、私は愛しさに頬を緩めた。


―――あのね。ヘル。

私・・・今凄く、幸せなんだよ。

きみを、愛しています。


「アムネシア―――」

ヘルが口を開いたところで、こんこん、とドアがノックされた。

彼はひくっと不機嫌そうに眉を動かし、しかし動く気は毛頭なさそうなので仕方が無く私はドアを開ける。

「―――おにーさん、お姫さん、おひさしぶりっす!」

「ドゥケレ!久しぶり」

「・・・邪魔をしたかと思えばお前か」

「へ?邪魔??」

もー、なんなんっすか、と文句を言いながら、久方振りに見るヴァンパイアの少年は、何故かドアに顔を突っ込んだままこちらに入ってこようとはしない。

「何やってるんだ、お前は」

ヘルが怪訝そうな目を向けると、ドゥケレは怯むどころか寧ろ得意そうな顔をして、えへんと胸まで張った。

「や、ちょっと、凄い拾い物したんっすよねぇ」

「・・・何?どういうこと?」

「オレ、ディラン様・・・あー、ええと、タリオ様の前に先に来ることになってたんっすけど、その途中で」

ドゥケレがこほん、とわざとらしく咳をして、ドアを恭しく押し開けた。

隠されていた扉の向こうに、誰かが立っている。


「・・・アムネシア」

りん、と空気が鳴った。耳がそっとくすぐられた。


ねえ、ああ・・・知ってる。

―――その声、は。


ひゅっと喉が音を立てた。

そうか、力がリセットされたのだから、そういうこと・・・か。

ヘルがこちらを見たのを感じた。その優しい眼差しにひとり頷いて、酷く震える唇をどうにかこじ開けた。




「かあ、さま?」




ああ、本当に・・・逢えた。








―――ほら、想いは、時に奇跡を起こす。END




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