ホテルの“4つのクリスマスストーリー”

その夜、先輩より一足早く先にホテルの部屋へ戻ったわたしは、これから起こることへの期待と不安が入り混じる気持ちでいっぱいだった。本音を聞けるチャンスで、もしかしたら本命になれる可能性だってあるかもしれない。

ホテルの窓に目をやれば、レインボーブリッジと東京タワーが見える。

お台場夜景はいつだって裏切らず綺麗だから好きだ。

夜の紺色に白くぼんやりと浮かぶ橋の光は、わたしたちの曖昧な関係を体現しているようだった。

アイボリーの布地にブラウンの繊細な線で絵が描かれた、ディテールの細かいカーテンを開けたり閉めたり落ち着かないでいると、スマホが鳴る。

ロック画面に表示されたメッセージは、わたしをどん底に突き落とすものだった。



    ― ごめん・・・やっぱり行けない。俺、来年結婚するわ。



頭が真っ白になり、血の気が引いていくのがわかった。
ドクンドクンと脈が波打つ音と振動が脳内に響いて、直接言葉をかけられた訳でもないのに耳を塞ぐ。


何それ。


勝手に期待してしまっていた分、落胆が自分の想像を超えてしまって、わたしは抱えきれない感情に支配された。
さっきシャワーを浴びたばかりなのにバスルームに駆け込んで、クラシックなゴールドを纏った蛇口を思い切りひねる。

会えなくて想った時間も、一緒にいて幸せを感じた時間も、全部全部洗い流したい。ピンク色をしたバスソルトをバスタブにザラザラと流し込む。お湯に溶けて小さくなっていくこの一粒一粒が、あの人に関するわたしの記憶だったらいいのに。


「別に、大丈夫だもん・・・」 


ぶくぶくとお湯に顔を半分沈めると、まるでバスタブいっぱいのお湯が自分の涙に見えてきて、どうしようもなく惨めでまた泣けた。

お風呂から上がると、わたしは半ば無意識的に、そして衝動的に、唯一の男友達であるあいつに電話をかけていた。


「ふられちゃった」


わたしがそれだけを言うと、彼はわたしにホテル名を聞き『とりあえず行くよ』と落ち着いたトーンでわたしをなだめた。

男に振られて別の男に慰めてもらうなんてなんだか嫌な女だなぁと思ったけれど、とにかく誰かに甘えたくて「うん。待ってる」と言ってしまった。
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