ホテルの“4つのクリスマスストーリー”
エレベーターを降りいつも景色を眺める大きな窓の方に目をやると、同じように外を見ている彼の後姿が見えた。

広い肩幅が逆三角形をつくる上半身に、小さなお尻から伸びる長い脚・・・すでに盲目になりかけているわたしは、その立ち姿にさえドキっとしてしまう。


タイプの人に話し掛けられる、なんて非現実的な「状況」に酔わされているのはわかっている。

こんな想いはもしかしたら全部錯覚かもしれない。

だけどこれといって変わり映えのない時間の経過をただどうにか見送っていたわたしにとって、この出会いは都合のよすぎる偶然だった。

自分からその刺激を獲得しに行くほどの勇気は持ち合わせていなかったけれど、いつも心のどこかで待っていた気がする。


だからどうにか “運命”と思い込んで、この夢物語の続きが知りたかったのだ。


初めて話し掛けられた時は平気で口答えしていたのに、今となっては緊張して自分から挨拶することすら躊躇ってしまう。声を出す前にのどの渇きで咳払いをすると、彼が先だってわたしの存在に気付く。


『来てくれたんだ』

「あ、いや・・・飲みたいカクテルがあったから」


わざとらしく言い訳の連用をしてみたが、彼はまるで気にしていないといった様子で『こっちこっちー』と窓際席へわたしをエスコートした。


『クリスマスのやつでいい?』

「うん。それがいい」


前回飲みたいと言っていたのを覚えていてくれたことが嬉しかった。

わたしに関わる彼の一挙一動に感情が突き動かされてしまうから、もうどうしようもない。


『こないだは急にごめんね。実は何度か君のこと、見掛けてたんだ。カウンターで飲んでる時は近くに座ったりもしてたんだよ・・・全然気付いてくれなかったけど(笑)』


どこまでも予想の上を行く夢展開のせいで、この話の渦中にいるのが自分だということを頻繁に忘れてしまう。


『それで、時間なくなってきたからついに話し掛けちゃった』


時間がない・・・? どういうことだろう。意味深な言葉に首をかしげると、すぐに彼が続けた。


『俺、年末から仕事で半年間イギリス行くんだ』


まだそんなに悲しむ権利もないわたしは平静を装って「そうなんだ!イギリスに出張だなんてかっこいい」と笑って見せたが、内心は無念でならなかった。自分のこととして悲しむというより、楽しみだった連載漫画が打ち切りになってしまうみたいな気持ちだった。


もうこの続きは、なし・・・?


すると、喪失感に打ちひしがれて心の中でうなだれるわたしに彼が言った。


『それでいきなりだけど、イヴにデートしない?』


瞬間、「心が躍る」とはまさにこのことだ!とでも言わんばかりに自分の脳内が豊かに彩られていく感じがした。まるでいつものマジックアワーのように。

だけど、少女的な部分が残っているとはいえもうそれなりに歳を重ねている。頭で考えるより先に感情に支配されるような感覚が暫し襲ってきた後、わたしはすぐに意識的な脳みそを取り戻す。

こんなに上手くいくのは、おかしい。

今までの苦い失恋が走馬灯のように頭を駆け巡る。尽くしすぎて引かれたり、信じすぎて浮気されたり・・・
失敗例を元に秒速で検証してみると、この夢物語の結末はハッピーエンドにはなりそうになかった。


わかってる・・・けど・・・

わたしはもう、やめることができない。


これが失敗例を増やすことになろうとそんな傷は未来の自分に任せればいい、なんて無責任な考え方が、今は全然気にならない。

いつのどんな感情もすべて、いずれそう遠くない未来に記憶の片隅へと整理されることも知っている。

身ひとつでぶつかるのが特技のわたしには駆け引きができるはずもなく、二つ返事でデートの誘いを受けるのだった。
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