栞の恋
暫くして、何とか落ち着きを取り戻すと、さっき手に取った歴史小説をあのまま持ってきてしまったことを思い出し、元の書棚に戻すために、もう一度先程の場所に戻ってみる。

こっそり通路から覗くと、そこには既に男性の姿はなく、
代わりにデップリとした50代のオジサンが、油ギッシュな額の汗を拭きながら、熱心に本を探していた。

見れば、太めの黒縁眼鏡。

思わず、吹き出しそうになり、持っていた本で口元を隠す。

幸い今回は気付かれることなく、書棚に本を戻し、早々にその場を立ち去ることに成功。

狭い通路を抜けて、メインの少し広い場所に出てから辺りを見回し、やっぱり吹き出しそうになる。

ほらね。
やっぱり、妄想なんてこんな不確かなものなのよ。

広い店内にいる男性の半数以上が眼鏡をかけ、更にそのうちの1~2割が【黒縁の眼鏡】をかけている。先程の自分の失態が、今更ながらにバカバカしく感じ、これも全部高橋さんの妄想のせいにしてしまおうと、心に決める。

明日、彼女に会ったら “運命の人にたくさん逢えましたよ”と報告しなきゃ。

ふと、近くにあった柱時計が視界に入り、時刻は既に7時半を過ぎていることを知る。

『やだ、もうこんな時間…』

そうつぶやくと、今日ここに来た本来の目的である本を、事前に調べてあったブースに取りに行き、そのまま会計の為、レジに向かう。
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