吐息のかかる距離で愛をささやいて
お風呂へ向かう途中、キッチンで冷蔵庫の中を眺める俊が目に入った。


「あれ?食べてきたんじゃないの?」


そう尋ねると、俊は、冷蔵庫の中を物色しながら答えた。


「ん?夏帆の食べるものがないかと思って・・・」


「いいよ。お腹すいてないし。それに自分の食べるものくらい自分で用意できるわ。」


私は、そう言い捨ててバスルームへとむかった。



自分でも可愛くないことくらいわかっている。


私のしたことは単なる八つ当たりだ。



ゆっくりお風呂につかる気にもなれず、さっさとシャワーですませた。



俊はリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。


私が、俊の横を通り過ぎようとすると、腕をつかまれた。


「え?」


抵抗するまもなく、俊に引き寄せられる。


気付けばソファーに押し倒されていた。


覆いかぶさるような態勢で俊が私を見降ろしている。


「夏帆?何かあった?」


そう尋ねられて、首を横に振ると、俊は顔を近づけてきた。


私は、それを手で遮る。


昨日と同じことをしているのに、手の平に伝わるのは、柔らかい唇の感触だけ。


チクチクする感触はない。


その滑らかな触り心地が、逆に私の心をざわつかせる。



「何にもないわ。」


そう言って、俊を押し返しながら起き上った。



「そうか?何か元気ないなと思って。」




ソファーから立ち上がろうとしていた私は、俊の言葉に一瞬動きを止めた。



元気がないからキスをするの?


それで私を慰めているつもりなの?


そもそも、何で俊は、私を慰めるのよ。




次々と疑問が浮かんだが、声には出さなかった。



「気のせいよ。」


それだけ言って私は部屋に戻った。
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