吐息のかかる距離で愛をささやいて
私が学校から帰ると、机の上にはいつも千円札が置かれていた。


メモも何もない。ただ一枚千円札が置かれていた。



中学に上がるとそれが二千円になった。



高校に上がると五千円になった。



こども一人の一日の食費に五千円出せるうちは裕福だったのだろう。



でも、私が求めているものはそんなものじゃなかった。もっと別の何かだったように思う。



私は、その何かを勉強で埋めた。


勉強は努力すればするほど結果に表れる。



良い高校に入って、良い大学に入った。一流と言われる会社に入って、毎日仕事に打ち込んだ。


そんなある日。ふと鏡を見るとそこには、母がいた。



正確には、母とよく似た自分がいたのだ。



その顔を見つめながら、漠然と思ったのだ。





私は、母親にはなれないな。と。



だから、彼にも告げたのだ。子どもはいらないと。



彼は理解してくれたと思った。


「夏帆がいいならそれでいいよ。」と。



彼の両親に告げたとき、良い顔はされなかったけど。それでも彼は納得してくれていると思ったのに。



すべてが幻だったのだ。
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