【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「…………」

不思議と問われている意味は何となくわかったものの、赤子のアオイは言葉にする手段をまだもたない。

『……まだ小さすぎるか』

そう呟いた彼は何をするでもなく、ただ目の前の巨木に背を預けながら遠くを見つめている。

「…………」

そういえば自分はどこに座っているのか気になり、足元を見つめたアオイ。そこには手触りの良い生地が張られた椅子が据えられ、銀髪の青年の執務室に置いてあるものと同じであることがわかった。

この景色にこの椅子はあまりにも違和感があり、それは次第に加速し始める。両脇にクッションが現れたからだ。

「……っ!?」

唐突な物体の出現にアオイが怯えを隠せないでいると――

『……臆するな。目覚めのときなのだろう』

と翡翠の瞳の青年が視線だけをこちらによこした。しかし、出現したのは物だけではない。

『アオイ?』

耳元で囁かれるような鮮明なキュリオの声。きょろきょろと周りを見渡すアオイの意識は次第に覚醒していき――
ぱちくりと瞳を開けた彼女が目にしたのは、心配そうに己の顔を覗きこんでいるキュリオの姿だった。

「……?」

急に変わった目の前の景色にアオイの思考はうまくついていけてない。キュリオの顔をうつした瞳は戸惑うように翡翠の瞳の青年を探して室内を見回す。

「夢でも見ていたのかな?」

――仕事がひと段落したキュリオはようやく目の前に座る幼子へと目をむけた。すると、大人しく座っていると思っていた彼女はどうやら眠りに落ちてしまったらしい。
大樹の露が効いているとわかっていても、やはり気が気でないキュリオは彼女の前に片膝をつき、寝顔を覗きこんでいたのだ。

しかし顔色もよく、規則正しい寝息を立てているアオイに安心したのだが……やがて彼女は何かに驚いたような反応を見せた。
おそらく夢の中で両脇にクッションが現れた時のものである。

そしてキュリオはそんなアオイの様子にはっとし、思わず彼女に声を掛けてしまったのである。
目覚めても泣かず、至って元気そうな幼子を目にしたキュリオは安心したように深い息をついた。

「起こして悪かったね。私は心配し過ぎなのだろうか……」

(それより人目のない夜が心配だ。私が起きていればよい話なのだが……)

これから来る闇の時刻。自分が寝ずの番をするにも限界がある。キュリオは彼女が元気を取り戻したことに浮かれていたが、心配の種はまだまだ撒かれたままであることを思い知った――。

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