【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……っお待ちくださいウィスタリア様! 困りますっ!!」

強引に押し入った彼女を制止しようと、女官は声をあげながら慌てて右手を伸ばした。しかし、その腕をするりと交わしたウィスタリアは女官の腕の中へと視線を落とす。

「…………」

無言のまま瞳の温度を下げたウィスタリア。女官が抱えているそれは今朝キュリオが大事そうに抱えていた”何か”とそっくりだったからだ。

(……やはりあれが……)

明らかに作られた笑みを顔面に貼り付け、声のトーンを上げた女神は淑やかに口を開く。

「キュリオ様が貴方をお呼びになっているわ。
私はマゼンタを連れてちょうど帰るところだったから、伝言を頼まれたの。貴方ひとりでテラスに来るように、って。ふふっ」

「……キュリオ様がウィスタリア様に頼みごとを……?」

やけに最後を強調した彼女の言葉が不気味で素直に頷くことができない。
そしていくら城の#主__あるじ__#とはいえ、キュリオが客人に対してそのようなことを頼むだろうか……? 腑に落ちない女官は疑いの眼差しを目の前で微笑む美しい女神へと向ける。

「大事なお嬢様の話も伺っているわ。それでもまだ私を疑っているのかしら……? 
こんなに大きなお城の間取りもわからない私がここに来られたのもキュリオ様からお聞きしたからということにならない?」

ウィスタリアは畳み掛けるように言い放つが、そんな彼女から滲み出る違和感が女官の母性や責任感に警鐘を鳴らす。なぜなら、自分が腕に抱く赤子を凝視するこの客人の目が恐ろしいほどに笑っていないからだ。

「そ、それは……」

一方で戸惑いながら、女官は腕の中の小さな赤子へと視線をうつした。

「……?」

不安に揺れる女官眼差しに幼いアオイは小首をかしげるように瞳を丸くしている。

「お嬢様……」

女官は純粋無垢な赤子を見つめ、彼女を守るためにも己の直感を信じることにした。

「キュリオ様がお呼びというのであれば、私は行かないわけには参りません。ですが……」

「……なぁに?」

ウィスタリアの微笑みは崩れず、穏やかな眼差しをこちらに向けている。

「大事なお嬢様をウィスタリア様にお預けすることも出来ませんので、このままキュリオ様のもとへ向かいます」

聡明な女官の判断は懸命だった。この上なく彼女を溺愛しているキュリオが、数年に一度顔を合わせるかどうかの知り合いへと任せるはずがないと思ったからだ。

「では失礼いたします」

キッパリと断り、アオイを抱えた女官が退室しようとウィスタリアに背を向けると……

「そう……」

背筋がゾクリとするような声が響き、間近で無機物を動かす物音が耳をかすめる。

――コト……

「……?」

扉に手をかけた女官が小さな物音に思わず振り向くと――
手元にあったガラスの花瓶を振り上げたウィスタリアの悍(おぞ)ましい形相が視界に飛び込んできたのだった――。
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