【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
『キュリオ様の執務室に……? か、かしこまりました』

おそらくこれはお咎めではなく、カイの今度の身の在り方についてだろうことはブラストにも予想することができた。
任務を与えられるのは王の信頼を得ている証であり、従者にとってはこれ以上にない誇りである。しかも今回のカイの任務は王直々の命令であることから絶対的に優先されるべき従者の務めのはずだ。しかし、師であるブラストへ話を通したのはキュリオの優しさかもしれない。

「……キュリオ王、……」

チラリとカイを睨んだダルドは心なしか気が荒立っており、武器を授ける段階にない彼の未熟さに未だ納得していないのは明らかだった。
しかし、彼の手元を見ると光輝くページは開かれたままになっており、その手にはしっかり羽ペンが握りしめられている。その様子を目にし、微笑んだキュリオは気高い人型聖獣の彼へ礼を述べる。

「ありがとうダルド、恩に着るよ」

「……いいえ……」

ダルドは言葉短く呟き目を伏せる。

「カイ、これから君だけの武器を彼に生成してもらう。心の準備はいいかい?」

キュリオの言葉と同時にズイと押しつけられたダルドの魔道書と羽ペン。
”こちらへサインを”と言葉を添えたキュリオは一歩下がり、これから起きる事態に備えるよう周囲へ気を配る。

「お、俺だけの武器?」

誇らしいその響きにカイの心と瞳はどんどん輝きを増していく。

「はいっ! よ、よろしく頼み……お願いしますっっ!!」

慣れない敬語を使い精一杯の気持ちを込めてカイは頭を下げ、震える手を抑えつつ、やっとのことで自分の名を書き記す。
カイの名が刻まれたそれが再びダルドの手中へ収まると、魔導書は新たな生命を宿すが如く神秘的な輝きを放す。


――シュルシュルシュル――……


あの大魔導師・ガーラントでさえ解読不能な文字が蒼白く輝き始め、見習い剣士の名を持って完成した魔方陣の煌めきは立体的なものへと変化していく。


――カッ!!


魔道書の中でまるで手をこまねくように波打つ光を見て、次の段階へ進んだことを確信したダルドは用意していた鉱物を素早く中心におさめる。

『――汝、その姿を”刃”と変え……主(あるじ)となる"カイ"の力となり、彼を助けよ――』


――ザァ……ッ!


魔道書からあふれる光を受けたダルドの白銀の髪と瞳は美しい青色に染まり、言葉を引き金(トリガー)とした白い鉱物は魔方陣の中に吸い込まれていく。

――ゴクリッ……

熱を帯びた光の波から壁になるよう剣士たちの前に立つキュリオの背後からは、鍛錬の手を休めた剣士たちが固唾を飲みつつ周りを取り囲んでいる。
皆の視線はダルドの手にある魔道書へと集中し、尚も青色に輝く魔方陣は外から中心へ向かって繰り返し光の波を打ち出していた。

「あとは時が来るのを待つだけです。キュリオ王、次に参りましょう」

彼は広げていた分厚い魔道書を閉じるとスタスタと歩き始めてしまった。

「では、私たちは一度失礼する。カイ、また会おう」

柔らかな微笑みを残しその場をあとにしたキュリオ。

「あ、ありがとうございましたっっ!」

隣りで顔を赤らめ興奮したようにお辞儀をしているカイ。

「…………」

その様子を複雑な気持ちで見つめていたブラストの耳に美しいキュリオの声が遠くに聞こえた。

「ダルド、次は魔導師の塔だ」

(……魔導師の塔……? もしや……)

ブラストは反射的にアレスの顔を浮かべていたのだった――。

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