【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 ――ダルドと話をしようと待っていたキュリオは広間のソファへ寄りかかり、この国の歴史が事細やかに記してある分厚い本へと視線を落としていた。

彼はわざわざ目立つような黒縁の伊達眼鏡をかけていたが、決して視力に問題があるわけではない。
この眼鏡をかけているときは”自分のことは気にしなくていい、仕事をしているわけではない。皆も自由にするように”このような意味合いを言葉なく周囲に伝える手段としてよく利用していた。

もはや一字一句暗記してしまうほどに読み返した数百のページをめくったところで、扉を隔てた場所からバタバタと忙しなく近づいてくる足音にピクリと眉を引き上げる。

(騒がしいな……)

開いたままのページへしおりを挟み、脇机へ本を置くと同時に勢いよく扉が開いた。


――バタンッ!


「……っも、申し上げますっ! キュリオ様っっ!!」

髪を振り乱し、息を切らせてキュリオのもとへ駆けて来た侍女の様子を見るからにただ事ではないことはよく伝わってくる。
しかし、一礼もせず入室してきた非礼な彼女の態度を咎めるように眉をひそめた女官がキュリオの前に立ちはだかった。

「キュリオ様の御前ですよっ!! 一体なにごとです!」

「……あ、……申し訳ございません……っ!」

ハッとして立ち止まった侍女は深く頭を下げながら我に返る。

「……どうかしたかい?」

思わず立ち上がったキュリオは思ってもみなかった言葉を耳にし目を見開いた。

――すでにここへたどり着く前、彼女は付近の家臣や従者たちへダルドの姿が中庭にないか声をあげて走ってきたらしい。
侍女の報告を受け、広間をでたキュリオの目の前を数人の従者たちが慌ただしく通り過ぎて行く。

(……私としたことが……先に彼の不安を取り除いてやるべきだった……)

「……誠に申し訳ございませんっ……」

女官の背後で蒼白になりながら深く頭をさげる侍女。ダルドの世話を担った彼女はこの事態にひどく責任を感じているようだった。

「君のせいではない。彼への配慮が足りなかった私の責任だ」

彼を探そうと城の入り口に足を向けたキュリオへ正面から家臣のひとりが足早に近づいてきた。

「キュリオ様、ご報告申し上げます! 
中庭はおろか……城の敷地にもダルド様のお姿はすでにない模様です!」

「そうか……」

キュリオの視線はふと、家臣の腰にある剣へと向けられる。

「森を探しますか?」

王の命令を待ち、数人の家臣たちが馬をつれて城門に待機している姿が見えた。

「私が行こう。他の者は皆、城で待機していなさい」

「ハッ!」

(……銀狐の生息地は……たしか、北の大地だったな)

城の敷地を出てみると、先ほどまで降り続いていた雨もようやくあがった空には銀色に輝く美しい月が悠久の大地を照らしていることに気づく。

「……彼の心にこの月の光は届いているだろうか……」

呟いたキュリオはダルドの心がまた冷たい雨の夜を繰り返しているのではと心配しているのだ。
一度は開かれたと思った彼の心の扉が閉じてしまわないためにも、このままダルドを見捨てるわけにはいかないキュリオだった――。


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