【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

<大魔導師>ガーラント

「ふぉっふぉっふぉ、朝食もとらずに執務室へ籠られるとは……さすが我が王は仕事熱心でおられる!」

キュリオがここにいると聞いてやってきたのだろう。
魔術師らしく古びた杖をつき、立派な白い顎鬚と髪、目元には笑い皺が深く刻まれた温和そうな高齢の男が室内へと足を踏み入れた。

「ガーラント精がでるな。いつも書物に囲まれている君がここを訪れるとは」

「ふぉ? たまには姿を見せませんと、この老いぼれの死亡説が流れてしまいそうでのぉ!」

陽気な老人は声高らかに笑い、いつもキュリオの心を和ませてくれる貴重な人物だった。

「それもそうだな。あぁ、君に会わせたい子がいるんだ」

立ちあがったキュリオは目の前のソファに座る幼子を抱き上げ、ガーラントと呼ばれた彼に傍へ来るよう指示する。

「……むぅ……キュリオ様、いつの間に御子を……」

「いや、先日聖獣の森で見つけたんだ。
まだ皆に紹介出来るところまで来ていないんだが、顔合わせくらいならいいかなと思ってね」

微笑み赤子を見つめるキュリオの表情を目にし、ガーラントは目元をほころばせた。

「女神殿たちが一瞬にして心を奪われるキュリオ様の眼差し、このガーラントめも恋に落ちてしまいそうじゃ」

すると、不快感を露わにしたキュリオは眉をひそめながらこめかみをおさえた。

「……彼女らの話はしないでくれ。あの類たぐいは些いささか苦手なんだ」

「おやおや……女神殿たちが聞いたら泣いてしまいますぞ? いやしかし、儂も苦手ですがなぁ」

笑い合うふたりの間を和んだ空気が流れ、ガーラントの背後で待機する少年はほんの少し肩の力を抜いた。
そして、"先生"と仰ぐ師の背から先に視線を走らせると……
並みならぬオーラをまとった美しい王が視界に飛び込み、さらにその腕に抱いている赤子と目が合う。すると、その視線に気づいた幼子は頭をもたげ、隠れるわけでもなく不思議なものを見るように見入ってきた。

「…………」

「…………」

「……うん?」

幼いふたりが見つめ合っていることに気づいたキュリオは少年に目線を合わせるように屈かがみ口を開いた。

「その格好は魔導師かな?」

絶世の美を誇るキュリオの顔が迫ると、少年は再び訪れた緊張に背筋を伸ばした。

「は、はいっ!
私はガーラント先生の下で見習いの魔導師をやっておりますアレスと申します!」

声を上げるのはまだ四~五歳くらいの幼子で、丈の長いローブを纏まとい、黒くやや長めの髪を中頃で束ねた賢そうな少年だった。

「そうか、君がアレスか。彼から話は聞いている。まだ小さいのに素晴らしい才能をもった子がいるってね。期待しているよ」

「……はいっ! あ、ありがとうございます!!」

王自らの願ってもない賛辞を賜った少年は、震える声で期待に応えるべく力強い返事をかえした。

「ふぉふぉふぉ! 若いもんを育てるのが儂の生きがいみたいなものですじゃ! これからも厳しくいくぞい!」

高らかに笑うガーラントがアレスと呼ばれる少年の頭をグリグリなでると、少年は怒ったように口を尖らせた。

「子供扱いするのはやめてください! 先生っ!!」

すると彼は……

「ほ? お前を子供と言わず、一体誰を子供と言うんじゃ?」

と、からかうように少年の頭をなでつづける。

「……っ! それは気持ちの問題です!! ですからこのように頭を撫でるようなことはなさらないでくださいっ!!」

「それこそ気持ちの問題じゃよ? 大人でも頭をなでられることくらいあるわい!」

「……っ……」

言い負かされ、悔しそうに口を引き結ぶアレスに苦笑するキュリオ。そこでようやく思い出したように彼らをソファに座るように促す。

「立ち話なんてすまなかったね。掛けてくれ」

その声を合図に待機していた女官が手早く王の食事と茶のセットをテーブルに並べると、最後に赤子のミルクボトルを手に王へ伺いをたてる。

「キュリオ様、私どもにお任せいただけますか? それとも……」

「あぁ、それは預かろう。君たちは下がってくれ」

「畏まりました」

「では、わたくしはこれで失礼いたします。御用がおありでしたらなんなりとお申し付けくださいませ」

傍に控えていた女官がにこやかに一礼し部屋を出て行こうとする。
そしてその途中、部屋の隅で肩身狭く立ち尽くしている大臣を睨むと、怯えた彼を引きずるようにして出て行った――。
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