【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

ヴァンパイアの王Ⅱ

ふわりと城の屋根から舞うように降りてきたのは紛れもなくこの国を統べるヴァンパイアの王の青年だった。

「王っ!! 探しましたよ! ちゃんと行先は長老に伝えてください! とあれほど……っ!」

(……いくら犬猿の仲だといっても第二位の王を怒らせるわけにはいかない。悠久の王は冗談が通じない堅物だと聞くし、適当な我が王へかつてない嫌悪感を抱いているとも……)

「俺がどこで何しようと勝手だろ」

門番の怒りにも動じない王と呼ばれた青年は目を閉じてツーンとそっぽを向いている。きっと彼はそのようなお小言を今まで何度も言われてきたのだろう。聞き飽きたとばかりのその表情はまだ少年のあどけさをどこかに残したような……二十歳前後の容姿を保っている。

ガミガミとうるさい門番のお小言が終わると、やっと目を開いて視線を戻した彼は口を開いた。

「何の用だ」

鮮やかな血の色を宿したような瞳がスッと細められ、それまでの空気が一変し、男を威圧する。即位して二百年足らずのこの若き王は、長寿で知られるヴァンパイアの中でも若い分類に含まれる。そのため幼少の彼を知る者は、やたらと子ども扱いしたがる節がある。なので、自然とお小言や説教をされることが多々あり、昔からのその微笑ましい関係は彼が王となってから今まで、二百年以上何も変わっていない。
しかしそれは彼がなめられているわけではなく、愛されているからこそのものだ。口ではとやかく言いながらも皆、彼を尊敬し敬っている。だからこそ王の命令は絶対であり、反論するものたちは誰もいないのだ。

「……まったく……少しは悠久の王の血でも飲ませていただいたらっ……」

ぼやきながら胸元の書簡を差し出すと、青年は自由に出し入れできるらしい長い爪で封を切る。そしてキュリオの手紙に一通り目を通し終えると――

「最近この国で誕生した命はあったか?」

「いいえ……ここ数年はありません」

「……該当者なしだな」

「該当者なし、ですか」

「ああ、悠久で出生不明のガキが発見されたらしい。返事は俺が出す。お前は持ち場に戻れ」

「……かしこまりました」

また適当にあしらうのかと思いきや、意外にも律儀な姿勢を見せる彼に門番の彼は大人しく頷く。しかし――

「……面白そうだな」

ボソリと呟かれた王の言葉は門番の彼には届かない。すると、聞き返す間もなく青年の背中には堂々たる漆黒の翼が姿をあらし、羽ばたいた彼の影は瞬く間に小さくなって闇に紛れてしまった。
王である彼の翼は一族のそれとは違い、キュリオや他の王と同じく鳥のような羽から成っており、唯一翼をもつ種族のなかでもただのヴァンパイアではないことは一目瞭然だった。

< 56 / 212 >

この作品をシェア

pagetop