近すぎて
* 近すぎて
頬に突き刺さるは真冬の冷たい風なのに、妙に心地好いのはきっと酔っているせい。

「次!三次会のお店はどこ~?」

ぐんっと突き上げた拳を、大きな手に掴まれて下ろされた。

「薫、もういい加減にしろよ。ちょっと飲み過ぎ」
「なんで?せっかくのお祝いの夜よ。少しくらいいいじゃない」

慎司の手を振り解こうと私が眉根を寄せ睨み上げたら、ほんの少しだけ手首を掴む力が緩む。

「悪いな、恭一。この酔っ払いは俺が引き取るわ」
「何、勝手に……!」

抗議を遮るように再び手首に加わる力が強まって、何も言えなくなる。

「ああ。また東京に来た時は連絡くれよ。飲み直そう」
「そちらの奥様が許してくれるなら、喜んで」

にやりと片方の口角を上げて向けた慎司の視線の先には、「いつでも貸すよ」なんて心にもない事を口にしながら、余裕の微笑みを浮かべる小百合の顔。
それを正視できなくて思わず顔を背けた。

「じゃあ。薫の事、よろしく頼む」

恭一の言葉に慎司の眉が微かに動いたような気がしたけれど、彼は「おう」と応えて歩き出してしまう。
手は繋がったままだから、当然私も付いていくしかなくなった。千鳥足の上にいつもより高いヒールでは、二次会会場だったレストランから駅までの距離も辛い。

「手、離して。子供じゃないんだから」

要求が通りようやく手を離されると、なんだか少し心許なく感じる。だけどそれを隠して背筋を伸ばし、クリスマス間近の街中を颯爽と歩いた……つもりだった。

「あっぶねえなあ」

よろけた私の腹部を、高校時代バスケ部で鍛えた腕が支える。おかげで転ぶのは免れたけれど。

「うっ……。ぎもぢ悪い」

口元を押さえた私に慎司が慌てる。

「マジかよ。もうちょっと我慢しろ」

慎司は私の片腕を自分の肩に担ぐと、脇を抱えて早足で進む。その揺れで更に酔いが回った私は、彼の高級そうなコートを汚さないよう気を張るのに精一杯で、彼が空けた片手でどこかに電話した会話の内容までは理解できなかった。

だけど、大きなガラス扉の前で頭を下げるドアマンの存在で、自分がどこへ連れて来られたのかにはさすがに気づく。

「なんでこんな所に」

両足を踏ん張り、揺れる頭で抵抗を試みる。
そこは昼間、恭一と小百合が結婚式を挙げたばかりのホテルだった。
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