近すぎて
勢い余って、ソファの上に慎司を押し倒すことになってしまったけど、構わずそのまま胸に顔を埋める。

「その気持ちだけで十分よ。こんなすごい部屋なんて必要ない。慎司が側にいてくれるだけでいいから」

顔を持ち上げ、目の前にあった彼の唇に自分のそれを想いと一緒に押しつけた。
最初は驚いたように見開かれていた目はすぐに優しい弧を描き、私のキスを受け取ってくれる。

そのあと主導権を完全に彼に奪われ、永遠に続くかと思われた口づけは、唐突に慎司のほうから離れていった。

「ゴメン。ホント、もう限界」

苦しそうに顔をしかめた彼に肩を押されて、身体までも離されてしまう。

「このままだと、朝っぱらから薫を襲いそうだ」

「……いいよ、それでも」

さすがに目を合わせて言うことはできず、熱の引かない顔は俯けたまま、背を向けて立ち上がった慎司のワイシャツを袖を引いた。

決死の覚悟を告げた私の頭にふわりと大きな手がのせられ視線を上げれば、眉尻を下げた慎司は泣き笑いのような顔をしている。

「ありがとう。でもその分は次に取っておく。とてもチェックアウトの時間までに終わりそうもないからな。……それとも、もう一泊していくか?」

徐々にいつもの調子が戻る口調。ゆるりと上がっていく口の両端がなにかを企んでいるような角度になり、私は勢いよく首を横に振った。それはいろいろ、ちょっと困る。

「だったらほら、とっとと着替えて支度しろ。出かけるぞ」

「出かけるって、どこに?」

「上野動物園。好きだったよな、モノトーン」

それはパンダのことを言ってるの?頭の中で白黒の大熊猫が無邪気に転げ回る。

「ついでに東京都美術館を回る。ちょうど観たいのがやっているんだ。そのあとは花屋敷に寄るだろう?それから芋ようかんとあんこ玉を買う」

これは、やけに具体的な……デートプランなのだろうか。
神妙に慎司の計画を聞いていた私は、思いもよらなかった本日の最終目的地を教えられる。

「で、それを持って薫の家に行く。日曜の夕方ならご両親は在宅しているよな?今日は玄関先で挨拶するだけにするけど」

「それって、もしかして?」

恐る恐る訊いた私に、慎司は余裕たっぷりの笑みを深めた。

「もちろん婚約の報告だ。薫、言ったよな。ずっと俺を見ていてくれるって」


私はどうやら、恋の階段どころかエレベーターに乗ってしまったらしい。



  ―― 【ここにいて】完 ――


最後までお読みくださりありがとうございました。
  2017/05/20


SpecialThanks
 木下瞳子さま『窓の外を見ていた』
 木崎湖子さま『なんとなく君に恋をして』























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