近すぎて
翌朝、またしても私はひとりベッドの上で目を覚ます。
自分で移動した記憶はないから慎司が運んでくれたのだと思うけど、シーツの乱れはひとり分しかなかった。

昨夜と打って変わり直線的なビル群の上に広がる高く青い空の眩しさに目を細め、広いベッドから起き上がる。手櫛で髪を整えながら寝室を出ると、ソファに座る慎司の後ろ姿をみつけた。

「おはよう」

ごく普通にかけたつもりの挨拶に、慎司の肩はビクッと大きく揺れる。彼はぎこちない動きで首だけを巡らせ、引きつった笑顔で「おはよう」と応えた。

隣に腰掛け、身体を斜めにして慎司に向ける。

「ごめんなさい」

「悪かった」

声が重なり、示し合わせたように下げた頭がゴツンとぶつかって慌てて戻す。
痛さよりも謝られる理由が気になり、目を瞬かせた。

「なんで慎司が謝るの?」

「いや、だって。寝ちゃったし」

気まずげに下半分を手の平で覆った顔を逸らす。ますます意味不明。

「疲れていたんでしょう?私のほうこそ、気がつかなくてゴメン」

自分の都合ばかり考えていたのだと反省した。
いつだって彼は私の想いを優先してくれる。それに甘えることに慣れてしまっていたのかもしれない。

「それは……。ああ、そうじゃなくて」

シャワーを浴びたのか、掻きむしった彼の髪からは仄かにシャンプーの香りが放たれる。
昼間の光で焦げ茶と象牙色のコントラストがはっきりする室内に視線を彷徨わせた慎司は、肺の中の空気をすべて吐き出すように大きなため息をついた。

「この部屋って、呪いでもかかっているんじゃないか?そもそも去年、あの時期にキャンセルが出たこと自体妙な話だったし」

なんのことかと彼の視線を追えば、テーブルの上に昨夜はなかったものを発見する。

真っ白なクリームの絨毯の上に真っ赤なイチゴがちょこんとふたつ並んで座っている、小さなホールのショートケーキ。チョコプレートに書いてある文字を読む。

「Anniversary?」

その前にある丸はなんだろう。

「今年が0周年。これから毎年、この日はここで薫と過ごそうと思って頼んでおいたケーキだけど、来年は場所を変えたほうが良さそうだ」

え?なに、それって『お付き合い記念日』を毎年スイートでお祝いしようとしていたってこと?

再び慎司は頭を抱え深いため息を吐くけれど、私は顔が緩むのを止められなかった。

ああもう、なんかっ!

たまらずに彼の胸の中に飛び込んだ。








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