副社長とふたり暮らし=愛育される日々
「こんな変装してまで、あいつと飯食いに行くとはな」


言われて、そういえば今の私の格好は普段とはだいぶ違うんだった、と思い出した。

何も悪いことはしていないはずなのに、なぜか決まりが悪い気分になり、なんとなく眼鏡をはずす。

さっきから副社長は、どうして機嫌が悪いのだろう。思えば、電話した時からそんな感じだったし……。心当たりがなくて、さっぱりわからない。


「すみません、モデルのお話を詳しく聞きたかったんです。……あの、怒ってます?」


上目遣いで見上げ、遠慮がちに問いかけると、一瞬はっとしたような彼は、ふいっと顔を逸らす。

そして、目を見ないまま私の肩を抱き、「……とりあえず帰ろう」と言って歩き出した。

様子のおかしい副社長がとっても気になるものの、ほかには何も聞くことができず、車に乗っても、マンションに着いて部屋に向かう間も、無言が続いた。


なんだか、空気が重苦しい。別にケンカをしているわけでもないのに。

同居って、こういう時はものすごく気まずいんだな……。嫌だ、副社長とこんな空気になるのは。

先にリビングに入り、とぼとぼとソファのあたりまで来て、小さなため息を漏らした、その瞬間。

ふわっと、いつも嗅いでいるシャンプーの香りが鼻先をかすめ、横から身体が覆われた。スーツを着た胸に、私の頬がぴたりとくっつく。

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