副社長とふたり暮らし=愛育される日々
何をするつもりなのかと若干身構えつつも、言われる通り、そばに近づいていく。

メイク台に腰かけたままの彼の正面に来ると、くいっと優しく手を引かれ、さらに距離が縮まった。見上げなくて済む位置にあるふたつの瞳は、私を捕らえるように見つめている。


な、何? この状況……。

芸能人と同じくらい遠い存在であるこの人が、半径三十センチ以内の至近距離にいることが信じられない。しかも、手を握られているなんて。

ドキドキと速くなる心音を感じながら、どうしたらいいかわからなくなっていると、大きな手がそっと私の頬に触れた。

驚きでビクッと肩を震わせた瞬間、形の良い唇が暗示をかけるように甘く囁く。


「お前は今から、目の前の男を好きになる」


──ドキン、と大きく心臓が波打った。

これが、恋する表情を引き出すためのおまじない……?

目を見開いたまま固まっていると、副社長は何かに気づいたように「あ」と声を漏らし、斜め上に目線を上げる。


「“目の前の男”じゃなくて、宝生海都って言ったほうが…………まぁいいか」


適当っぽい独り言を呟いたあと、私に目線を戻され、再びドキリとする。

よくわからない恥ずかしさと戸惑いを露わにしていると、彼は今度は私の頭をぽんっと撫で、ふわりと微笑んだ。

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