失恋相手が恋人です
忘れることなんてできない、そんなことはわかっている。

傍にいたくて、いたくてたまらない。

顔が見たい。

その手に触れたい。

「うっ……えっ……」

嗚咽が漏れる。

俯いた私の涙の染みが床に広がる。

沙穂、と呼んでくれる声。

低くて優しい声。

……私の身体の中に染み付いている葵くんの声。

もう、あんな風に呼んではもらえない。

わかっていたこと、いつか失うことになると。

嘘を重ね続けていたから。

始まった時から終わりが来ることをわかっていたつもりだった。

偽者の彼女でも傍にいられるだけで嬉しかったのに。

奇跡が起きて。

葵くんが私を本物の彼女にしてくれた。

それは私の今までの人生で最高の時間だった。

だけど、いつも不安だった。

恐かった。

隠していたことを話さなければと思う自分と葵くんの反応が恐い自分。

葵くんはありのままの自分をさらけ出してくれていたのに。

仕方がないこと。

わかっていたこと。

そして。

……歩美先輩のこと。

葵くんがずっと、何よりも愛しそうな瞳で長い時間見つめ続けた人。

大切にずっと想い続けていた人。

私がいなければ、私と付き合っていなければ、葵くんと歩美先輩は付き合うことができる。

東堂先輩と別れた、と言っていた歩美先輩。

別れたことで葵くんの存在の大きさに気付いたのかもしれない。

だから、東堂先輩と別れて真っ先に葵くんを頼ったのかもしれない。

……もしかして教授と会うというのではなく、歩美先輩に呼ばれていたのかもしれない。

本当のことはもうわからないけれど。

もうそんなことは何の意味もない。

私さえいなければ二人には何の問題もないのだから。

たとえ、遠距離恋愛になったとしても。

きっと二人は想い合える。









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