甘い音色は雪で蕩ける。

「咲美さん、いいんですか? あのお客様、まだロビーにいましたよ!」

ロッカーでドレスから着替えている私に、店員である美奈子さんが顔を出してニヒヒと笑う。

「……私みたいな末端の従業員が話しかけれるわけないですよ」

「青い目の王子様って感じで素敵ですよね。ここの支配人のお孫さんなんですっけ? 噂では、イギリス人とのハーフで、イギリスの父方のホテルで働いてるんですって! でもクリスマスは必ず家族でここに滞在って、家族を大事にするあたりも素敵!」

「……分かってるじゃないですか」

パタンとロッカーを閉める。
もう明日の衣装しか入っていなかった。

いつも狭くて不満だったロッカーも、最初はそう。広くて緊張していた。
慣れて行くうちに思い出ごと膨れ上がった私の気持ちのせいで狭く感じただけだ。


都内の音大を卒業後、この地上47階と34階の2つの高層タワーホテルのバーから見える六本木ヒルズや東京ドームまできらめく夜景に一目ぼれして就職した。

二階にあるメインBAR『サファイア』は、静かに流れるピアノの生演奏を聴きながら、400種類を超える世界の銘酒が味わえる。煉瓦作りの雰囲気重視のバーは、淡いランプの光が灯る重厚な空間で、その中でピアノを弾けるのが一流のピアニストになれたようでこの空間が大好きだった。

「咲美さん!」
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