甘い音色は雪で蕩ける。
一階に下りて、解放感あふれる吹き抜けのロビーに一歩足を踏み出すと、突然声をかけられた。
「えっ」
私の方へ手を振って駆け寄ってくるのは、窓辺の君だ。
仕事をしていたのか、ジャケットのポケットに眼鏡をかけながら近づいてくる。
サラサラの癖のないやや茶色の髪。
すらりとした、頭一個分高い身長。
そして私をまっすぐ見る青い瞳。
笑顔で駆け寄ってくる彼に、金縛りにあったかのように動けなくなった。
「あの、えっと」
「咲美さん、突然話しかけてすいません。俺、貴方が明日居なくなるってさっきオーナーに聞いて。居ても経ってもいられずに待ってました」
「え、ええ。このホテルには4年もお世話になりました。私が初めて弾いた時からずっとケイさんも聴きに来てくれてましたね」
私が名前を呼ぶと、目を見開いた。
「名前を知っていてもらえると思ってなかった」
「あはは。私もです。でもピアノに寄り添うように並んだ窓辺の席は、特別なお客様の予約席だから。オーナーに貴方の事を伺ってました」