極上な彼の一途な独占欲
「…お知り合いですか?」

「以前ちょっとやり合ったライターだ。まだ業界にいたとはな」

「酷評する記事を書かれたとかですか?」

「そんなのでいちいちやり合わない。エンバーゴを破ったんだ」


それはダメだ。

ここで言うエンバーゴとは、情報解禁日のことだ。たとえば新車が出るとき、伊吹さんたちメーカーは事前にジャーナリストやメディアを集め、新車にかんする情報を渡す。

そして何月何日何時までは漏らさないでください、という約束を交わす。これがエンバーゴ。破れば、一足早くその情報を載せたことで注目を浴びる代わりに、業界内で総スカンを食らう。


「雑誌ですか?」


一応自動車業界ともかかわりのある立場として、どこのライターだろうと気になって聞いてみたのだけれど、返事がない。

見れば伊吹さんは食事のかたわら、テーブルに置いた携帯をいじっていた。

ちょっと!


「あの」

「え?」


まるで初めて私に気づいたような雰囲気で顔を上げる。

なんだこの男! 話の途中でその態度か。しかも自分から投げた話題で。

伊吹さんはまったくすまなそうじゃない態度で「悪い」とカレーを一口食べた。たったそれだけの仕草なのに、いちいち様になるのがなんだか悔しい。


「聞いてなかった、なんだ」

「いえ、たいした話ではないので。急ぎのご用件かなにかですか」

「いや、計算してた」


計算?

首を伸ばして覗き込んだら、確かに画面には電卓が表示されている。


「今日中に、カタログの配布数がどのくらいいくかと思って」

「なにも、食べながらでなくても」

「食べながらであっても、別にいいだろ」
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