極上な彼の一途な独占欲
「あの、楽しかったので、飲みすぎたんです」

「覚えていないのに楽しかったなんてわかるのか、器用な記憶だな」


えーっ…!

これ完全に機嫌を損ねている。どうして、どうして。


「あれっ、伊吹さんだ」


そこに女の子の、弾んだ声がした。ベンチコートを着た遥香が正面の通路を駆けてくる。


「やった、会えちゃった。ねえご相談があるんです」


遥香はそばまでやってくると、私の手から伊吹さんの腕をかっさらい、きゅっと身体の前で抱いた。

170センチほどの身長がステージ用のブーツでさらに高くなり、180センチ近くになっている。しかし伊吹さんのほうがさらに数センチ背が高い。

美貌の遥香に巻き付かれても、彼はうろたえる様子もなく、「なに」と冷静に尋ね返した。


「あ、でも美鈴さんとお話し中? 後のほうがいいですか」

「いや、つまらない話をしていただけだ。かまわない」


聞こえよがしに言ってから、遥香を連れて行ってしまう。あの遥香と並んで負けない、いやむしろ絵になる男の人なんて、会場内を見渡してもなかなかいないだろう。

ぽつんと置いていかれて、そんなところに感心してどうするのと自分にあきれた。

つまらない話で悪うございましたね。言っとくけど今はお酒入っていないので、忘れませんからね、その言葉。

なによ、と悲しくなってきた。

喜ばされたり怒らされたり、私ばっかり一人相撲。浮き沈み。

なのになんで私、なんで私。


──自分のものにしたい、という所有欲を掻き立て、気持ちを高揚させるかどうか。


あんな言葉とか仕草とか、色っぽいなんて思って、いてもたってもいられなくなっちゃって。


「あーもう!」


また火照ってきた頬を押さえ、ひとりで叫んだ。さいわい周りはにぎやかで、誰も私に気を留めない。

腕時計を見れば、もう休憩の終わる時刻。

あとひと働きしてやりますよ、と私は足音も高く、ブースへ戻る通路を歩いた。


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