流れ星はバニラの香り
 もう一度、窓を見る。振られた女。惨めな女。それはもう、消し去りたくてもどうしようもない現実。その奥に、冬の街の光が溢れている。
 流れ星が見えるそうですよ。
 不意に思い出す、あのひとのことば。窓に近づいて空を見ると、たしかに雲はなさそうだった。でも、星なんて見えやしない。眼下が、明るすぎる。
 それでも、部屋の電気を消してみた。窓際の椅子に座って、ビニール袋からバニラアイスを取り出す。ちいさな、プラスチックのスプーンを差し込むと、ほんのすこし、やわらかくなっていた。
 口に入れた瞬間、涙がこぼれた。かなしくなんてないのに。泣きたくなんてないのに。でも、たしかに私の恋は終わった。終わりを告げられたのだ。バニラアイスの甘さが舌のうえで溶けていくたびに、私の目からは涙が落ちる。それをぬぐいもせず、ただひたすらアイスを口に運んでいた。
 やっぱり、星なんて見えなかった。大きな窓の向こうにある夜空はただの深い紺色で、月すら存在しない。雲がないのはわかっても、そこにあるはずの星は、ひとつも確認できなかった。
 そんなもんだよ。私の頭が言う。男に振られてひとりさみしく流れ星なんて、そんなセンチメンタルなことしないほうがいい。わかりきった答えをくれる。
 でも、欲しいのは、そんな答えじゃなかった。目を瞑る。思い出してしまう、一彦の顔。寂しそうな、申し訳なさそうな、無理矢理作った微笑み。
 地上にも、星は流れていますよ。
 それを振り払うと同時に、またしてもあのひとのことばが脳裏に浮かんだ。疑うこともなにもせず、自然と視線が窓の下に落ちた。
「ロマンの欠片もないじゃない」
 つい口からこぼれたことばに、笑ってしまう。地上に流れているのは星じゃない、車の、ヘッドライトだった。首都高を走る車のヘッドライトが、流れては消え、流れては消えている。
 残りのバニラアイスを口に放り込み、私はカーテンを閉めた。真っ暗な部屋にいるのは私ひとり。空には流星群がきているらしいけれど、私には見えなかった。これが、現実。ハイクラスのホテルに泊まって、ひとり寂しく眠るのが、今の私には似合っている。
 それでもいい、今は。きっと次は、一彦よりも素敵な男性にエスコートしてもらって、もっと値段のする部屋に泊まってやるから。
 だから泣くのはこれで最後。バスタブに沈んで、思う存分、泣いてやる。見えない流れ星に、想いをのせて。
 
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