不器用な彼氏
俺は舌打ちをしながらも、正直、ホッとしていた。

このまま姉貴があと5分でも遅かったら、俺はどうなっていたかわからない。
キョトンと、何が起きたのか、わからないといった様子のアイツを、ベットから引き起こす。

見ると、アイツは可哀想なくらい動揺し、俺を見る瞳は零れそうなほどの、涙で潤んでいた。我に返ったアイツに、軽く睨まれ『ひどいよ』と言われるが、俺は謝る気など、毛頭なかった。

こうなったのは、元を正せばコイツのせいだ。

俺は、先に姉貴のもとに向かうため、アイツには少し落ち着いてから降りてくるように言う。

敏感な姉のことだ。何があったかなど、早々に察するだろうが、さすがに野暮なことは言わないだろう。
階下に降りながら、それよりも、アイツのさっきの怯えたような顔が、頭から離れなかった。

アイツはまだ、迷っているのだろうか?

すべてを俺にゆだねることに、抵抗があるのだろうか?強引にことを進めるつもりは無いが、そろそろ俺も限界が近かった。

遅れて帰ってきた姉貴は、真夏にキムチ鍋を食べようと、材料を大量に買い込んできた。

少し遅れて、身だしなみを整えて降りてきたアイツは、姉貴と会ってすぐ意気投合し、打ち溶けた様子。どうやら姉貴も、アイツのことが気に入ったようで、終始ご機嫌で女子トークを繰り広げている。

結局、俺はこの日、姉貴にアイツを取られてしまい、アイツとはまともに会話も出来ずにいた。

帰りくらいはと、酒は飲まずに、車で送ってやることにする。

先にエンジンをかけて車内で待っていると、玄関先で姉貴と立ち話をしているのか、なかなか来ないアイツに苛立ち、クラクションを2回鳴らす。

やっと来たアイツは、助手席に乗り込み、『待たせて、ごめんね』と謝る頬が、やけににやけていて、“姉貴のヤツ、なんか言いやがったな”と、見当がつく。

聞けば、くだらない戯言を言われたらしく、やっぱり姉貴になど会わせなければよかったと後悔した。

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