不器用な彼氏
部屋に入り、ベットに腰掛けるアイツに、机の上の情報誌を取って渡し、自身もその左隣に腰かける。

しばらく二人して情報誌に見入っていると、右斜め前方にある扇風機からの風が、隣に座るアイツに当たり、なんとも言えない香りが、仄かに漂っては、俺の心を乱す。

いつしか、その香りに誘われるようにアイツに近づいてしまうと、『ちょっと、近いよ?』と軽く抵抗され、逆に“自分の恋人に触れて何が悪い”とばかりに、少し強引に唇を奪う。

“ああ、やっちまった…”

心のどこかで、こうなることは、最初からわかっていた気がするが、触れてしまったものは仕方ない。

そもそも、もうすぐ姉貴が帰ってくるのだから、そこで確実にストップがかかるはず。それならば…と、軽く開き直り、もう少し集中して味わうとしよう。

俺は、ほんの少しの理性を保ちながら、姉貴が戻るまでの時間、ゆっくりとアイツの唇を堪能することにする。真夏のまだ明るさの残る夕刻、息をするための短い瞬間だけ離れては、また唇を重ねた。

たったこれだけの行為で、気持ちが良すぎておかしくなりそうだった。

だんだん深くなるキスと、それに応じてアイツの乱れてくる呼吸に、いつの間にか、時間を忘れて没頭してしまう。

『か、海成?』

ふと唇が離れた瞬間、戸惑うように名前を呼ばれ胸元を押されたが、俺はそれを無視して、気づくとアイツをベットに押し倒してしまっていた。

俺の真下に、驚いた様子のアイツがいる。明らかに動揺しているようで、不安げな眼差しを向けて俺を見ている。

俺は、本気半分、イタズラ心半分で、アイツに話しかけると、『ちょっと待って』と、アイツは俺の手中から逃げ出そうとする。

俺はその手を掴んで、ベットに張り付けると、アイツは少し怯えた目をして俺を見た。白いブラウスの胸元が大きく波打っているようで、その様が妙に艶めかしく、もう自制が利かなくなりそうだった。

俺は、もう一度、今度は上から唇を落とすと、乱れた心の中で、“姉貴の帰りを切に望む自分”と、“このまま帰って来るな”という気持ちが、交互に葛藤していた。

ゆっくり離れた唇を、そのまま開いたブラウスの間から、白い首の付け根に押し当てると、一瞬にしてアイツの身体が強張ったような気がする。

アイツの口から洩れた吐息は、俺の理性を直接刺激した。

…と、そこで開け放たれた廊下の窓から、姉貴の車のエンジン音が聞こえてくる。
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