不器用な彼氏

『菜緒』

ふいに名を呼ばれると、繋いでいた手が解かれ、『ちょっとここで待ってろ』と言われる。

返事を返す間もなく、海成は先ほどの会話の親子のところに向かうと、何やら話をしているらしく、次の瞬間、“ユウタ”と呼ばれていた少年を抱えて、自分の肩に座らせた。

少年…ユウタ君は、その途端、満面の笑みで、目を輝かせ、目の前の水槽に釘付けになっている。

『…あの、奥さまですか?』

ユウタ君のお母さんが、申し訳なさそうに、話しかけてきた。

『あッ、いえ、私達まだ、そういうんじゃ…』

“奥さま”、などと呼ばれ、とっさに動揺し否定すると、私よりほんの少しだけ年上そうな女性は、『あら、てっきりそうかと…』と、にっこり微笑み返してくれる。その胸に抱く赤ん坊は、この喧騒の中、眠たそうに小さくあくびをしていた。

『ユウタ…あ、上の子なんですが、夏休み前からずっとここに来られるの、楽しみにしていて』
『目が輝いてますもんね』
『ええ、ホント、生き物大好きなんです…』

そう話しながら、ユウタ君と海成を見ると、二人して食い入るように見入って、水槽から全く目を離さない。その様をユウタ君のお母さんと見ていて、思わず二人で笑いあう。

『彼、とっても優しい人ですね』

そういわれ、照れくさいけれど、素直に『はい』と、答えた。

『本当のこと言うと、声かけられたとき、最初は“うるさい”って叱られるのかと思って』
『あ~そうですよね…すみません』
『ううん、こっちが勝手に勘違いしただけなのよ。そうしたら、肩車してあげてもいいですか?なんて…なかなか言えないことだわ』
『…困ってる人見ると、ほっとけない人だから』
『それでも…思っていても、なかなか声かけられないものよ』

確かに、人によっては、訝しがられてしまうことだってある。しかもあの容姿じゃ、誤解されても仕方ない。
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