不器用な彼氏
『忘れてたって、顔だな?』
『……聞かないでよ』
『フッ、とりあえず、宿に戻るぞ』

差し出された手に、素直に自分の手を重ねると、今歩いてきた道を逆戻りする。

昼間は熱かっただろう砂浜も、心地いい温度に冷やされ、歩くたびに、キシキシ音がしていた。
すぐ後ろでは、波の音が寄せては、サッーと引いていく。

黙ったまま歩く海成の手に引かれ、時折見上げてみると、いつもの無表情で、彼の心中は全く分からない。

“私…今夜、これから、海成と…?”

そう考えるだけで、自分はこんなにも緊張しているのに…と、少し悔しくなる。

砂浜から車道へ近づくと共に、やはり行き交う人の数は増え、その間を少し縫うように進む。
後数十メートル先に、車道へと抜ける階段だという時、

『…海成?』

不意に女性の声がして、振り返ると、自分達と同じか、少し年上ぐらいの女性が、驚いた顔で、こちらを見ていた。


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