不器用な彼氏

『ちょっと、穂香、帽子忘れてる…あら』

店内から慌てて出てきたのは、昨日会ったばかりの理香子さん。

今日も、長い黒髪を一つにまとめ、チェックのスキニーパンツにTシャツ姿というラフなカッコなのに、モデル並みの美貌とスタイルに、思わず目が引かれてしまう。

『ホントに、来てくれたねえ』

嬉しそうに、話しかけられ、海成が『チッ、お前の店だったのか』と毒づくので、慌てて『お土産見てたら、偶然に』と、笑顔で対応する。

理香子さんは、『そんなことだろうと思ったわ』と笑い、先程の店主(旦那さん)に、昔の知り合いなのと、サラリと紹介してくれる。

『あ、いけない。それより翔くん、時間』
『ああ本当だ。穂香、帽子かぶれ』

聞けば、これからご主人と穂香ちゃんは、保育園のプール教室に行くとのこと。
穂香ちゃんを見ると、海成の足にしがみついて、『え~やだぁ』と、ダダを捏ねる。

『やだ、男の人に懐くなんて珍しいわね』

そういうと、『我儘言わないの!』と、穂香ちゃんをひょいと抱き上げ、ご主人に手渡すと、持っていた麦わら帽子をかぶせ、『いってらっしゃい』と、穂香ちゃんの頬にキスをする。

『それじゃ、皆さんごゆっくり』
『ぶう~』
『こら、穂香、バイバイは?』

両親に促され、不貞腐れながらも、小さな手をバイバイと振ってくれる。
真夏の商店街の雑踏から姿が見えなくなるまで見送ると、『やっと行ったわ』と、独りごちる理香子さん。

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