不器用な彼氏
新しくなった新社屋。何でも新しくなったのは良かったのだけれど、しばらく経つと、業務上いろいろと不具合が出てくることがある。

ショールームも兼ねているので、外観やオフィス内は、デザイン的には、申し分ないのだけれど、時に実用的な部分で、非効率的な不具合が出てきてしまう。

その一つが、ファックスの設置の件。5階建ての建屋の、すべての課に宛てたファックスは、2階に置いてあるファックスに届く。しかも、届くファックスの殆どは、1階の営業担当か3階の広域宛てが多いのに…だ。

『あ~、また溜まってるよぉ』

コピー機と一体化になっている、ファックスの近くに席のある諏訪ちゃんが、掃出し口に溜まっているファックスの受信用紙を見て、うんざりした声を出す。ちょうど通りがかったついでに、私ものぞき込む。

『ファックス?』
『そう。さっき1階に持って行ったばっかりなのにぃ。しかも今度は、広域かぁ…進藤さん降りてこないかなぁ』

諏訪ちゃんが、切なる願望を口に出すと、カウンターから『すみません』と声がかかる。

『いけないお客さんだ』小声でつぶやく諏訪ちゃん。今日に限って、総合受付である彼女の仕事のパートナーが休んでいた。

『…私、持っていこうか?』

出来るだけさりげなく言ってみる。

『え?いいんですか?櫻木さん』
『うん。今ちょうどお客さん途切れたし…、上、持っていくよ』

仕事上の口実でもない限り、3階に行く機会のない私にとっては、願ってもないチャンス。

恐縮する諏訪ちゃんに、本心を悟られないように『気にしないで』なんて、いい人ぶって、心の中で“諏訪ちゃんごめん!”とささやいた。

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