不器用な彼氏
『でも、ちょっと東さんの気持ちわかるなぁ…櫻木さんってちょっといいもんなぁ~』
『何だ?マツ。お前カミさんいるだろ?』
『いや本庄さん、それとこれは別っすよ。あの彼女の何とも言えない、柔らかい雰囲気感とか、たまらなくないっすか?』

海成は、手近にあった書類を丸めると、マツの頭めがけて思いっきりたたきつける。

『いつまでも、くだらねぇこと言ってないで、仕事しろ!』
『痛っ!進藤さん、手加減なしって、マジ痛いっすよ~…ってあれ?どこ行くんすか?』

さっき戻ってきた方向とは、逆の方向へ向かい『タバコ』と、一言言って、立ち去った。

後ろで本庄さんが『何だよアイツ、今帰ってきたばっかりなのになぁ』と一人ごちる。

実際、仕事中に申し訳ない気持ちもあるが、今はそれどころじゃない。

『しかし珍しく進藤の奴、食いついてきたなぁ』
『もしかして、進藤さんも櫻木さん狙いだったとか?』
『お、意外とそれもありかもな』

歩きながら、本庄さんとマツの会話が聞こえてきたが、振り向かずに、そのまままっすぐ社員専用階段に向かうスライドドアへ進む。

“どいつもこいつもイラつかせがって”

ポケットにつっこんだ手で、たばこの箱を握りつぶし、ふと女の事なんかで熱くなっている自分に驚き、自嘲する。

“いよいよ俺もヤキ廻ったか…でも、いい加減認めねぇわけにはいかねぇな…”

どうにも静まりそうにない気持ちのまま、階段を下り、2階のTMエリアへ向かう。

“あいつは、誰にも渡したくねぇ…”

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