悪役ヒロインは恋してる
「そう、あんたが入学式の次の日にシメたヤンキーの姉があたし」

千葉先輩はゆっくりと長い脚を組んだ。

鋭い視線は変わらず私に注がれている。

「それで、その原因はーーーー王子様で間違いない?」

「王子様……?」

先輩は尊大に頷く。

「そ。中学ン時からそう呼ばれてた。」

「ああ……」

針のむしろとはこういう状態を言うのだろうか。

私は控えめな笑いを口の端に貼り付けることしか出来なかった。

制服の中は脂汗でいっぱいだ。

「バスケ部に入ったのも、王子目当て?」

先輩は強い口調で質問を投げつけてくる。

部長である彼女の前で、この質問に頷くのはかなりはばかられた。

だが彼女は、確信した上で問うている印象がある。

嘘を言ったところで私に得があるとは思えない。

正直に頷いた。

「なるほどね」

先輩は何かを噛み締めるように何度も頷く。

耐えきれずに目を逸らすと、心配そうにチラチラとこちらを見ている理沙と目が合った。

だが彼女が介入した所で何が出来るとも思えない。

なんの合図も送らないまま、黙って先輩に視線を戻すと、彼女は鋭い目で私を見ていた。

「取り巻きと作戦会議?」

心臓が早鐘を打つ。

ブンブンと首を振った。

そこで、先輩は表情を和らげた。

「取って食おうっていうんじゃないんだからさ、もっとリラックスしていいよ」

容疑者を追及する警官のような視線がなくなり、小さく息を吐く。

彼女を味方にするのは無理だというのがわかった。

だが敵にも回したくないし、これ以上印象を悪くしたくもない。

彼女に敵視されたが最後、バスケ部内での立場はなくなるのだ。

考えを巡らせながら、言葉を選んでいると。

「あたしは、あんたに感謝してるくらいなんだよ」

「……え?」

意外な言葉に、考えていた色々なことが吹っ飛ぶ。

春乃先輩の瞳の中に、目を丸くした私が映っていた。

「どういう事でしょうか」

「あいつ、姉のあたしでも手をつけられないくらい荒れてたんだけどさ、あんたにシメられてから大人しくなったんだよね」

薄く微笑みを湛えながら、噛み締めるように先輩は続ける。

「特に強そうでもなくて、お嬢様って感じのあんたにやられたのが堪えたんでしょ」

「その、妹さんに手を出して……申し訳ありませんでした……」

伺うようにしながら述べると、先輩は私の頭に手を伸ばした。

「あたしは別に、あんたを悪く思ったりしてないよ。王子のファンでもないしね。冬希のことは、根に持つ要素ないし」

ホッと息をつく私に、先輩は更に続けた。

「寧ろ、すごいじゃん。入学翌日にそこまでできるって。入部決めちゃう行動力も」

そこで私は、一つ気になっていたことを口にした。

「バスケ部部長として、不純だと怒らなくていいんですか」

「いいんじゃない、別に」

あっさりした声音だった。

「実のとこあたしも、似たような理由で入部したんだよね、はじめは」

「え!?」

「ま、今はバスケ大好きだけどさ。でも、だから、何となくだけどあんたに親近感沸いてんの」

先輩はそう言って話を締めた。

こうして私は、バスケ部でも自由に動けるようになったのだった。
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