ひとりのためのクリスマスディナー
Un dîner de Noël
煌めく地上の星々がいつもより華やいで見える新月のクリスマスイブ。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか」
その夜、少々目を引く客が訪れたのは午後9時を回る少し前だった。
あどけなくすら見えるショートボブに、白いコートがよく似合う可愛らしい女性。
「9時に予約した……若月です」
クラシックフレンチがテーマの薄暗い店内の灯りを鈍く反射させる艶やかな口元から遠慮がちに零れ落ちた高い声に、心臓が僅かに不整脈を起こす。
「一名様でご予約の若月様でございますね。お待ちしておりました」
けれど平静を装い、本日何度目になるかわからない定型文を口にした。

“ホテル・サナティオ”は老舗高級ホテルグループに属す一流ホテルだ。都市型リゾートと冠し華やかなオープンしてから既に10年。老舗グループのブランドとそれに恥じない高水準のサービスで高い評価を得ている。その最上階に位置するレストラン“ノーベル・ルーン”は味はもちろん、眼下に広がる都会の夜景も売りにしていた。
聖夜の予約は半年前では遅いくらいで、既に来年も用意周到な恋人たちの予約で埋まりつつある。
そんな今晩、一人で訪れる客は彼女が初めてだった。

「わあ、綺麗……」
彼女は周囲の好奇の視線には目もくれず美しい夜景に感嘆を零した。案内したのは窓に向かってカップルが隣り合って座る事を想定した席だ。
「当店で一番夜景が美しく見えるお席です」
「こんな席、いいの?」
「お時間を遅くして頂けたのでご用意できました」
「さすがにクリスマスの夜に一人でディナーは恥ずかしかったから。この時間で良かったかな」
悪戯っぽく舌を見せた彼女はどうやら周囲に目もくれていなかったわけではないらしい。
「本日は私がお席を担当させて頂きます。何かございましたらお声かけ下さい」
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