ひとりのためのクリスマスディナー

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預かったコートと荷物を手にクロークへ向かう。白のコートに微かに残る温もりは頭の芯を緩くくすぶらせた。
ボブカットの短い髪。白いコートが似合う可愛らしさ。素直に見せる感嘆と恥じらい。ありていに言えば彼女は非常に俺のタイプだった。
そしてこれらのキーワードに、付き合い始めた頃の杏を彷彿とした。

大学の入学式で一目惚れをした杏とようやく付き合う事ができたのは三年の夏だった。
ただの友達だった頃に彼女が高くて買えないと嘆いていた白いコート。同ブランドの新作を一年越しプレゼントしたのが初めて恋人として過ごしたクリスマスだった。
『いつか、もっと大人になったらサナティオでクリスマスデートしたいな。このコート着ていくから』
彼女はとても喜んでくれて、けれどそんな茶目っ気あるおねだりを付け加えた。
『あんな超一流ホテル無理』
俺も心の中ではいつか、と思いつつも自分ばかりが彼女に尽くしている現状に満足しているわけでもなかった。
『貴巳サナティオの面接受けるんでしょ?従業員になるんだよね』
『なれたらいいけど……』
『社割でいいから連れってってー!』
『お前なあ』
『私ね、サナティオがオープンした時から最上階のスイートルームでプロポーズされるのが夢なんだ』
その言葉に現金な俺の不満は吹き飛んで、緩みそうになる頬を堪えるのに必死だった。
それは、いつかプロポーズをしてほしいという意味なのかと問い返したくてたまらなかった。
『……ふーん』
『何その興味なさそうな顔!ちゃんと覚えててよ!』
膨れる杏の頭を笑いながらぐしゃぐしゃに撫でまわした。

あの頃、俺は杏のリズミカルに揺れる短い髪に触れるのが好きで、杏の何気ない一言に一喜一憂していて、そしてとても、幸せだった。

あの頃……
“サナティオ”の最上階が客室ではないなんて知らなかった。高級ホテルなんて縁がなかった。子供だった頃のことだ。

そんな七年前の憧憬を思い出させるコートをクロークに預け、オードブルを出す為にパントリーへ向かった。
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