副社長は甘くて強引
8.悲劇とさらなる誤解

 東京駅から新幹線で一時間。そこに私の実家がある。東京の大学に合格したことをきっかけに上京してから早七年。新年を迎えるにあたり、今年も例年通りに実家に帰省する準備に取りかかる。

 クローゼットからスーツケースを出すと、数日分の服と下着を取り出す。そして化粧品を用意するためにドレッサーに向かった。するとフォーエバーハートの指輪とネックレスが目に留まる。

 もう副社長のことは忘れなければならない。それなのにプレゼントされた指輪を見ると、彼の顔が頭にチラついてしまう。

 だから私は、フォーエバーハートの指輪を自らはずした。そして佐川が押しつけてきたネックレスは、ジュエリーケースにしまった。

 これは佐川に返したほうがいいよね。気が重いな……。

 床にゴロンと寝転がる。

 なんだか、もうなにもする気にならない。

 帰省の準備が一気に面倒くさくなった私は、ほふく前進をするとバッグからスマートフォンを取り出しタップする。コールする先は実家だ。

「もしもし、お母さん?」

『京香? どうしたの?』

 最後に母親と話したのはクリスマスシーズンの繁忙期前。少し懐かしい声が耳にくすぐったい。

「今回は帰らなくてもいい?」

『あら、どうして?』

「んっと、会社の人たちと初詣に行こうって話になっちゃって……」

 帰省の荷造りが面倒くさいから、なんて口が裂けても言えない。とっさに嘘をついてしまう。

『その中に彼氏はいるの?』

「彼氏なんていないよ……」

 そう、私には彼氏はない。同期の佐川は彼氏じゃないし、副社長は私が一方的に好意を寄せているだけだ。

『わかったわ。でも京香が帰ってこないんじゃ、お父さんが寂しがるわね』

「連休が取れたら帰るから」

『そうね。待ってるわ』

「うん」

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