緋女 ~前編~
彼が目を見開いた。
驚いている彼に言葉はない。でも、答えよりも重要なのは、彼が否定しなかったこと。
私の予想を冷たく笑わなかったこと。
「………本日のメインではありませんが」
そう言ってふいに目を反らした彼。
今日は彼の方から視線を反らすことが多くて、少し寂しい気持ちになるが、もうそれは諦めた。
憎くても私に心を少し砕いてくれたなら、それは素直に嬉しい。
彼はもう私の世界の住人なのだ。
「………早く選んで下さい」
思わずこちらを見ない彼に微笑んでいると彼が、ため息とともにそう言った。
「あっ、ごめん。………そうね、さっきの店にしようかな」
「戻るんですね」
私の言葉に彼がぼそりと呟いた。
「文句あるなら、好きに選べって言った自分にね」
機嫌がいい私がそう軽く答えるが、彼から意外な反応があった。
「ありませんよ。それには」
意味深なそれに長身の彼を見上げる。前に並んだ時はドレスに合わせてヒールだったが、今日は動きやすいブーツだから、余計にそれを感じた。
「それにはって?」
少し間があった。
「………いえ、なんでもありません」
今日の彼は意地悪でも毒舌でもない。どちらかと言えば優しくてなんだか不気味。
憎しみの瞳でなくて嬉しいはずなのに、距離ができたようにも感じる。
「そういえば、メインって?」
なぜか彼との距離が縮むことを願いつつ聞く。彼が私の頼んだものを買ってくれて、私たちは再び道を歩いていた。
予想通りおいしい串ものを食べているのは私だけだ。
彼は私の起きる前に適当に食べたのだという。それも少し寂しい。
道をだいぶ進んでいて、人の数も減っていた。
私の言葉に彼がこちらを返り見る。
「そうですね、少し街を外れて人も少なくなったところです。お話しいたしましょうか」
彼の言葉に串ものを食べつつ神妙にうなずく私が滑稽だったらしく、また先に視線を反らすが肩が震えている。
「魔法を覚えたいとおっしゃりましたよね?」
苦笑混じりのその言葉に私はまた真面目にうなずくしかなかった。