君のまなざし





2週間前に退職し、あと3日でアメリカに行くというこの夜、絵里子さんと約束だったパエリアを食べにあのスペインバルに来た。

サングリアで乾杯して絵里子さんの大好きなオリーブのタパスを食べていると
「あ、イケメンお姉さんと甘々の彼!」
店に入ってきた4人組の女性に声をかけられた。

あ、茉優が騒いで迷惑をかけてしまったあの時の女性グループ。
そういえば、また絵里子さんを連れて来てとか何とか言ってたな。

絵里子さんは「イケメンお姉さん?」怪訝な顔をする。

「そーですよ、あの時のお姉さんの切り返し。スカッとしたわー!」
「その辺にいる男たちよりずっと凛々しくて清々しくて惚れ惚れしたわ!」
「またお会いしたかったんですよねー」
きゃっきゃっと騒いでいる。

絵里子さんは「イケメンお姉さん?イケメンとお姉さんよね?」ん?ってわけがわからないって顔をしている。
俺は苦笑するしかない。

「でも、今日も仲が良さそうでよかった」

グループ中で1番年下らしい女性が
「良かったら一緒に飲みませんか?」
誘ってきたから慌てる。
優しい絵里子さんならOKしてしまいそうだ。

「俺たち、来週には遠距離になってしまうから、今夜は勘弁して下さい」
正直に打ち明けると「えー」と驚かれた。
「その割にお姉さんからは悲壮感が漂ってないような?」
「もしかして新幹線で2時間とか?お近くな感じ?」

「いえ、アメリカですけど」
「思いっきり遠距離じゃん」うわーっかわいそうとみんなに気の毒がられたが、絵里子さんは黙ってにこにこしている。

これ、そうこれなんだよ。
具体的に決まってからも絵里子さんはさみしいとか言わないし、さみしがっている様子もない。何なんだ、この温度差。
今も笑顔だし。

これから日本とアメリカに離れてしまうんだけど?
やっぱり、俺は愛されてないってことなんだろうな。

俺のこと「好き」は人として好きで男として「愛してる」わけじゃないってことか。

うん?そもそも「好き」と言ったのは俺だけで、絵里子さんからは「待ってる」って聞いたけど、あれ?「好き」とは言われてない?

キスしたり、抱きしめるたりしてるけど、もしかしたら好きなのは俺だけ?

落ち込んでサングリアを一気飲みする。
明らかに暗くなった俺の表情を見て
「な、何だかお姉さんと彼の表情が正反対で。ちょっと彼がかわいそうな気が」
がんばれと1番年下らしき女性に慰められる。

「お姉さん、ちょっと慰めてあげたほうがいいかも…。彼、ずいぶんヘコんでますよ」
はぁっとため息をついてうなだれる俺を見て周りが慌てる。

「も、もしかして、お姉さん本当に淋しくないとか、他に彼がいるとか、実は2人は恋人同士じゃないとか…?」

え、ええー?そうなのか?
そうだったのか?俺の独り相撲?手にしたサングリアの入っているデキャンタを落としそうになる。
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